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2012年1月 5日 (木)

今年もよろしくお願いします

Do something immediately

 新年の挨拶が遅れ申し訳ありません。
 仕事が立て込んでいて、講義がない年末、年始とずっと仕事をしていました。
 昨年は、体調が優れず、喘息になり、治療を始めることになりました。振り返れば、ずっと前から喘息だったのかもしれません。息が止まるかと思うような苦しさを経験したりしましたが、今は落ち着き、気力も漲ってきました。
 父の具合がよくなくて、一週間入院しました。今いる施設にいられなくなるのでは、そうするとまた父を家で介護しなければならなくなる、仕事はどうするのか、そんなことを考えたら、不安が膨らみ、ある夜、救急外来に駆け込むことになりました。
 父は幸い、また元の施設にいられることになりましたが、父の状態次第では今後も綱渡りのようなことが続くかもしれません。
 

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2011年11月11日 (金)

生命力

Life force of lotus

 近くの池(川)に咲いていた蓮は洪水で流されてしまい、今年も見ることができなかったが、過日たずねた大覚寺には、もちろんこの時期には花は咲いていないが、こんなふうにまだ葉が残っていた。来年は夏にここにくれば花が咲いているのを見ることができるだろう。

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近況など

Sudden blush

 忙しくしていて気づけば長く更新していませんでした。コメントなどに返事ができず申し訳ありませんでした。
 この時期、例年はこの時期、週に一コマだけ講義をしているのですが、今年は二つの学校で三コマの講義をしています(生命倫理と教育心理学)。そのうち一つの学校は姫路にあって、通勤に時間がかかります。体力の方は回復していますが、ずっと三時間たったまま講義をするというようなことをすると、ヘルペスになってしまうことがあって、度を過ごしたことに後になって思います。
 それ以外の日は自宅で書く仕事をしています。今年は本の形にならなくて、当初考えていた以上の時間がかかっていますが、一日も早く読んでもらえるように頑張っています。
 メールは、画面の右上、プロフィールをクリックしていただくと、次ページのメール送信というところから送れるようになっています。ここに直接メールアドレスを書くといろいろと不都合があるようですので、ご面倒ですが、よろしくお願いします。

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2011年9月 7日 (水)

遡上

Survive the fierce battle with nature

 ようやく台風一過。雲は多かったが晴れたので久しぶりに出かけた。実家近くの川で魚が飛び跳ねるのを見た。
 よく父と魚釣りに行ったのだが、台風が去った日は本流から支流へと魚がのぼってくるので、よく釣れた。もちろん、こんなことができるのは前夜浸水しなかったからである。今思えば増水した川で釣りをするなど危険この上ないが、子どもの頃は父とも行動を共にしていたことがあったことを思い出して驚く。

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2011年9月 6日 (火)

台風

Diligent honey bee

 今回の台風で被害に遭われた人のことを思うと胸が痛む。
 僕の実家は物心がついた頃から毎年のように台風の被害に遭ってきた。台風が去れば、川の水も引くけれども、元の生活に戻れるまでには何ヶ月もかかる。床下と床上では被害の程度が違う。二階まで浸水したこともあった。この時は近くのビルに避難した。川を流れていく家を見たが、子どもの頃のことで何日避難していたかなど細かい記憶はない。
 東北の震災、原発事故から半年が経とうとしているが、収束の見込みはまだない。内閣が変わっても、経験から学ぶことなく、経済を優先する政治家に失望しないわけにいかない。
 夏風邪はよくなったが、まだ声が出ない。一時から思うとよくなったが、少し大きな声を出そうとすると数分で声がでなくなってしまう。学生が私語をしても注意することもできない。今日は声が出ないといってみても、そのことも聞いていない学生はいる。力が入ってなかったのかもしれない。
 写真は今年は遅く咲いた向日葵。台風でどうなったかわからない。コスモスも咲き始めたのだが。秋の気配がするので様子を見に行こうかと思っている。

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2011年8月27日 (土)

向日葵

Sunflowers at last

 今年はもう向日葵を見られないかと思っていた。咲いているのを知り、暑さをものともせず、カメラを持って出かけた。向日葵を見ると、チェルノブイリと福島のことを思わないわけにいかないのが悲しい。

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2011年7月22日 (金)

忍耐強く

Looking up at the sky

 ある日、夕方ベランダに出て空を見上げた。長く暑い日が続き、教えに行く日でなければ昼間どこにも行かない日が続いた。外に行かなければ写真を撮れないわけではない。空を見上げさえすればいいのだ。
 空を見上げることも忘れていたり、音楽を聴かない日が続くと生きる喜びをふいにしているように思う。そのことに気がつく時は、生活を変える決心をしているということなのだが。
 一つの仕事にだけ専念することは生活のことを考えると難しく、同時に仕事を引き受けてしまい身動きが取れなくなることがある。仕事に着手するのは簡単だが、毎日続け完成まで持っていくのは難しい。
 森有正がこんなことをいっている。
「灰色の陰鬱な日々に耐えることが出来なくてはならない。というのは、価値ある事が発酵し、結晶するのは、こういう単調な時間を忍耐強く辛抱することを通してなのだから」 『砂漠に向かって』全集2,p.317)
 よい作品が書けるのは、熱情や霊感によるのではない。

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2011年6月27日 (月)

いよいよ、よく生きる

A welcome rain

 父がいつもいる席にいないので部屋を見渡したら手を上げて合図してくれた。いつか僕のことがわからない日がくるのではないか、と怖れていたこともあったが、この頃は入所した頃よりも調子がいいくらいで、もう今はない「家」へ帰るというようなこともいわなくなった。「今日は外は暑いのか」とたずねる。中はエアコンがよく効いていた。冬と変わず何枚も服を重ねて着ていたので驚く。
 週末、父のところに会いに行くたびにゆっくり話そうと思うのに、いざ顔を合わせると話すことが思いつかず、思っていたほど話せず帰ってしまう。
 プラトンは「大切なことはただ生きることではなく、よく生きることだ」と対話篇の中でソクラテスに語らせている。よく生きるどころか、生きることそれ自体が困難になってきた今こそ、余計によく生きることがどういうことか真剣に考えなければならなくなった。

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2011年6月22日 (水)

までいライフ

2011年6月22日水曜日
Rain or shine

 飯舘村の基本理念は「までいライフ」。までいは真手に由来し、丁寧に、じっくりと、手間暇惜しまずにという意味である(『大震災のなかで 私たちは何をすべきか』p.iii)。美しい村を去らなければならない飯舘村の人の無念を思う。
 福島原発が少しも収束の気配もないのに、海江田経産相は「世界に貢献している日本経済に急ブレーキはかけられない」」と原発を再稼働しようとしている。だからといって、一度事故が起これば(地震がなくても事故は起こる)制御不可能な原発の稼働を犯していう理由にはならない。今は、原発事故によって世界に負の貢献をしている。これだけの迷惑をかけた、だから原発は止めるというのであれば筋は通っているが、福島のことはなかったかのように原発推進を表明することが他国から好意的に受け止められているとは思わない。他国はともかく、結局、経済の方が国民の命のほうが大切だと国は考えているのかと思うと、人の苦しみへの共感能力、想像力が貧困な政治家に原発の今後を決めさせることに不安を感じないわけにいかない。

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2011年6月19日 (日)

優先すべきなのは

Soft-landing

 カタリナ高校の講義から帰った時、ふと見たら玄関の戸に蛍がとまっていた。じっと動かない。日が落ち夜になった時、再び見に行くと、ゆっくりとほのかな光を点滅させていた。近くの川に放しに行った。何度か光りながら回転して闇夜の中へ消えていった。

 空も海も大地も国境とは関係なくつながっている。とんでもないことが起こったと覚めない悪夢を見続けている気がする。
 経済の停滞を怖れ安全宣言を出し、原発の再稼働を政府が促すのを見ると、国益というのは国民の命ではなかったのだと思わないわけにいかない。
 「ここにいたら〔外で〕何が起こっているかわからん」と父はいう。天候の話の他に、地震があった、原発の事故があったという話もするのだが。

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