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2011年3月の記事

2011年3月31日 (木)

静かな宵に

Floating camellias

 椿が満開。いつも歩いているところなのに川を渡れることに気づいて対岸に行く。初めて見る景色が広がっていた。まださかりの椿が川をゆっくりと流れていく。
 月曜の朝、受診。一年ぶりにレントゲンを撮った。心臓の肥大はなく、胸に水も貯まってなかった。胸骨を止めたワイヤーの後がくっきりと写っていた。
 この頃はまた音楽を聴く余裕ができてきた。iTunes StoreでSongs for Japanをダウンロードした。その中の一曲(の一部)が日本語で歌われていた。QueenのTeo Torriate. 日本語のタイトルであることに気づくのにしばらく時間がかかった。
Teo torriatte konomama iko
Aisuruhito yo
Shizukana yoi ni
Hikario tomoshi
Itoshiki oshieo idaki
 もとの英語による歌詞を日本語に写しているが、この日本語のほうが心に響く。

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2011年3月26日 (土)

安全だが安全でない

More spring colors

 時折、雪が舞う寒い日になった。この時期、毎年こんなに寒かったのかと思う。
 今は目の前にある危機を皆で協力して乗り越えていく時であり、政府や電力会社を批判することは最優先課題ではないと思うが、情報が全面的に開示されてないのではないかという疑いが生じると危機感は増幅する。安全ではないが安全だという矛盾したメッセージに困惑する。

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2011年3月23日 (水)

翡翠

Flying jewel

 一時よく見ていた川で翡翠を見かけなくなって心配していたが、また別のところで見ることができるようになった。高い桜の木にとまったこの翡翠は数秒後急降下して魚を加え、飛び去った。
 息子が東京から帰ってきている。新学期は5月連休明けになったので、しばらくゆっくりできたらいいのだが。もう大きくなっているが、地震の時は心配だった。

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2011年3月22日 (火)

水仙の季節

in time of daffodils 水仙

 父を訪ねた。地震のことは知っていて、でもここにいたらわからんといっていた。当然、今回の地震のことは話題になっているだろう。
 昨日、急ぎの仕事の原稿を送れ安堵したからか、夜一度も目が覚めることなく眠ることができた。

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2011年3月21日 (月)

5回目の誕生日

The first encounter with a butterfly

 締切に追われる日が続く。充実しているが、先週は別の急な用事ができ、時間を見つけるのが大変だった。
 19日に55歳の誕生日を迎えることができた。49歳で亡くなった母と僕は誕生日が同じだった。50歳になった時、この日を母は知らないと思った。それから一月ほどして心筋梗塞で倒れた時は、母と同じように若くこの世を去ることになるのかと思った。幸い、生き延びることができたが、その後毎年誕生日を迎えるたびに、また一年生きながられることができたと思い5年経った。振り返れば一瞬に思えるほど早かったようにも思うが、仕事を失い、外出もままならないまま、時に体調を崩すこともある中、一日一日が長く感じられたというのも本当である。父の介護も長くした。5年を節目に考えているわけではないが、10年経ったらまたバイパス手術を受けることになるであろうことを意識しているので、折り返し点に到達したようにイメージするのかもしれない。もっともこのようにイメージすることは人生を直線的に捉えているからに過ぎないことは、何度も書いてきた。
 この五年の間、ずっと支えてくださった皆さんのご厚情のほど感謝します。

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2011年3月17日 (木)

その時のために

Staring into vacancy

 想像を絶するたくさんの方が亡くなられたことを思うと仕事が手に着かなかった。しかし今は直接には被災された人のためにできることはなくても、これからできることもあるはずなので、その時のために備えて今はできることをしていくしかないと思って、仕事に向かえるようになった。
 息子が東京から帰ってきた。地震のことや原発事故の長く話ができた。

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2011年3月16日 (水)

世界からの祈り

雪割一華yukiwariichige

 地震以来、被災地からは遠く離れ被害には遭ってはいないのだが、今起こっていることを考えるだけが胸が裂けるような思いで過ごした。twitterやfacebook、またメールで安否を問う人がたくさんあった。僕は被害に遭ってないこと、目下、何もできないことので、せっかく心配してもらったのに申し訳ないと思ったりもしたのだが、遠くはスペインやナイジェリアの友人からの見舞いのメッセージやメール、その中にニュースを見て君のことを思い出したと書いてあるのを読むと人とのつながりを感じられることで勇気をもらえることを実感した。
 子どもの頃から毎年のように洪水の被害に遭ってきた。床下、時には床上まで浸水するものの次の日には水は退いた。ところが浸水した部屋はその後何ヶ月も使えなかった。その時のことに照らすと、目下、起こっていることは想像を絶する。

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2011年3月10日 (木)

春を呼ぶ花々

Spring colors

 春を呼ぶ花々の写真を載せているのにまた寒い日が続き、花がどうなっているか気になりながら、仕事も忙しく思うように出かけることができない。でも雪が降っても後戻りはしない。桜情報が報じられている。

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2011年3月 7日 (月)

誰かと思ったら

Born to the purple

 可憐な花が咲いているのだが、知らないと見落としてしまう。この数日毎日のように通ったが行くたびに様子が違う。
 父を訪ねる。妻が挨拶したら「おお、誰かと思ったら」という。誰かがわかっていてくれていたら嬉しいのだが。
 もう長く翻訳の仕事をしている。面白い本なのだが、難解な箇所に一日の始まりに出会うことがあってそれで行き詰まってしまうことがある。飛ばして後で訳すという融通が利かない。仕事のことを何もかも忘れて一日本ばかり読んでみたいと思う。伊坂幸太郎の本を読み尽くした。雑誌に掲載されたものやアンソロジーに入ってあるものをのぞき、単行本もしくは文庫で出ているもの20冊。最初に何を読むかが大切。伊坂の時は失敗したと思う。長く読まなかったが、3冊目から勢いがついて一気に読んだ。

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2011年3月 4日 (金)

梅花黄蓮

梅花黄蓮

 試験ではこれまでずいぶんと苦労してきたので、偽計業務妨害容疑で逮捕された受験生のことをあれこれ考えてしまう。業務妨害をしようと思ったはずはなく、逮捕することを最初に決めてあって、カンニングそのものを罰する法律がないので後からこんな容疑をくっつけたという感は否めない。別件逮捕ともいえるだろうか。手法は大学には前例がなかっただろうが、カンニングそのものはこれまでもあったであろうし、その都度、学生が逮捕されたとは思わない。仮にこの受験生の不正が発覚せず首尾よく合格したとすれば、そのために合格しなかった学生がいてその人の人生は少なからず違ったものになったという意味では許し難いが逮捕とは驚いた。不正行為を容認するつもりはまったくない。
 また雪の舞う寒い日が続く。写真は梅花黄蓮。花びらが梅に似ているのでこの名がついた。

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2011年3月 2日 (水)

元気になってきたので

Weeping ume

 また寒くなった。ようやく咲き始めた花はどうなっているか気になりながら、今日は昼間外へ出かけることはなかった。写真はしだれ梅。まだ咲き初め。早くも三月になり、すぐに今度は桜の開花が気になるのだろう。元気になってきたのが世の中に伝わるのか、講義や講演の依頼が入ってくるのが嬉しい。

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2011年3月 1日 (火)

新しい月

Pink Japanese apricot

 先月は体調を崩し、仕事が思うように進まなかった。そんなことがないように気をつけようと月が新しくなったので決心。確定申告終了。父の確定申告もしなければ。去年は妻がしてくれた。その前の年は僕が父に代わって計算してみた。その前の年は父が自分で申告していた。その時の控えを見たところ間違いが多かったが、なおまだ自分でしていたのだ。
 淡いピンクの梅を撮った。白梅、紅梅はたくさん見るのだが、この色の梅が咲く木は一本しかない。

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