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2010年12月の記事

2010年12月30日 (木)

みんなのいるところへ

Too early sign of spring

 父のところへ行ってきた。「お正月はどっか行くんか?」とたずねるので「特に予定はない」と答えたら帰りたいというので驚いた。「どこへ?」父は少し間をあけて答えた。「みんなのいるところ」。最近の父の回復ぶりはめざましい。前はこんなことをいったことはなかった。この時期、外泊する人も一時外出する人もあるようだ。一番の問題は天気。車椅子もない。雪が降らなくても寒いので風邪を引かれると困る。おそらく、一度帰ったらもう行かないというのではないかと怖れている。外出するのなら梅が咲き桜が咲く暖かい春になってからでもいいようにも思う。1日はできればせめて新年の挨拶に行こうと思っている。雪が積もっていたら最寄り駅から常は三十分だがどれだけかかるのかわからないのだが。去年は年末も年始も関係なく朝からずっと父のところへ行っていた。僕は数には入っていないようで、父は誰もきてくれないと怒っていたことを思い出した。

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2010年12月28日 (火)

英気を養う

Mt. Fuji

 日曜、月曜と静岡に行ってきた。熱海に一泊、翌日は沼津へ。風が強い寒い日で、常は暖かいのに、台風並みの風はめずらしいと地元の人たちから聞いた。二日目は飛ばされそうだったが、快晴で早咲きの梅に春の兆しを感じた。写真は車窓から撮った。富士山の写真を撮ろうと沼津港の展望水門に登ったところ厚い雲に覆われていた。雲が晴れるまで一時間待った。でも雲がかかっている富士山も美しく、その間、何枚も写真を撮ることになった。

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2010年12月24日 (金)

今度はいつ

Morning glow

 22日に今年の講義終了。来年に4回講義を残すだけ。23日は毎月一度の読書会。2006年の9月から続いている。
 今日は夕方、父に会いに行った。「お正月はどうしようかなあ」という。どうするといわれても困り返事に窮した。「みんな帰るんだ。誰もいなくなる」。二年前の今日、父は入院し、病院で年を越した。その時のことを思い出しているのかもしれない。
 帰り、一緒にいった妻がいう。「お父さん、今日初めて『今度はいつきてくれるんや』といわはった」と。そんなことを父はこちらに帰ってきて初めていった。
 写真はある日の朝焼け。早起きしたら必ず見られるというものではないが、寝ていたら見られない。

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2010年12月21日 (火)

人生を直線的に捉えない

Afterglow

 娘から夕方友人のお父さんが亡くなられたという電話があった。喪服をどうしたらいいかとたずねられたが僕には何もわからなかった。僕は話したこともあり、何よりも同じ病気であることから病気のことが話題になった。僕よりも若いその人の死が心から離れない
 何年もかかるかもしれない仕事に着手したがあせらないようにしたい。人生を直線的に捉えないという話をいつもしながら、残りの人生を考えてひるむのはおかしいだろう。
 明日は今年最後の講義。明日から死について講義をすることになっている。

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2010年12月20日 (月)

越冬

Tackling the trying time

 越冬する蝶もいるがこのヒメアカタテハらしい蝶はどうだろう。弱々しく道ばたにうずくまっているように見えた。
 週末父のところへ行ってきた。ちょうど風呂に入っていてしばらく待っていた。退屈でな、としかいわないが、元気そうでよかった。父の枕元には僕の『困った時のアドラー心理学』が変わらず置いてあった。介護の本も持っていきたいところだが、部屋に父が持ち込んでいる二日分の新聞を見るとどちらにも介護保険のことを書いた記事があって、どうやら父はそれを毎日読んでいる。その記事が表になっていたのである。「これから」介護を必要になった時のことを思っているのかもしれない。
 介護の場面ではこうしたほうがいいということは多々あるが(昼間はできるだけ寝ないように、昼夜逆転しないように、など)、できることとできないことがある。できないことはあるので、うまく折り合いをつけないとできない自分を責めると介護は大変なことになる。

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2010年12月15日 (水)

『綾戸智恵、介護を学ぶ』

Rush home
 今日は近大姫路大学で講義。いつもは京都は寒くても姫路は暖かいのに、今日は違った。冷たい強い風に身を縮め、学校までの道を歩く。
 昨夜は遅くまで流星を見ていた。期待していた以上に明るくたくさん見ることができた。一度眠ってから目が覚め空を見上げたら月は沈み、オリオン座も西に沈みかけていた。
 出版社から近刊の『綾戸智恵、介護を学ぶ』(一志治夫 、講談社)が届いた。綾戸さんが倒れられたのは記憶に新しいことかと思う。実はその直前綾戸さんと対談することになっていたのだが延期になった。もう実現しないかもしれないと思ったが、元気になられた綾戸さんと4月、大阪でのコンサートの後で対談をした。本書には綾戸さんが介護について知るべく、北原茂美先生(第二章「脳と老いの謎」)、佐々木晃一先生(第四章「「本当のリハビリ」ってなに?」)、そして僕との対談(第三章「介護生活は変化し続けるもの」)がおさめられている。
 変わっていく親を受け入れるのはむずかしい。過去の親はもはやいない。昨日と今日とでも違う。
 綾戸 毎日変わり続けている姿こそが、本当だと思うんです。
    変わっていくのが人間ですよね?
 岸見 そう思います。その変化だけが真実です。

 介護に現に関わってられる方、これから介護をすることになることを思って不安になっている方に本書が役立ちますように。

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2010年12月13日 (月)

父の不安

Get home before the sun goes in.

 週末父のところへ行ってきたが、夜中に起き出してなぜここにいるのかと不安を訴えたという話をスタッフから聞かされた。時間をかけて対応してくださったようで、翌朝には幸い(というべきなのだろう)忘れてしまい、僕が行った時も夜はよく眠れるという。前はそうではなかったのだが、と付け加えていった「前」がいつのことかはわからない。新しい棟に移ってからスタッフと十分話ができていない。当然引き継ぎは十分されているはずなのだが。
 目下『介護のための心理学入門』(アルテ)の刊行準備が進められている。今日は表紙の装画を見た。電子書籍の時代がいつかくるだろうし、現に僕はamazonから本を買ってKindleで読んできたが、本の手触り、重み、装幀などすべてを含めて「本」だという思いは依然強い。

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2010年12月10日 (金)

思う存分仕事

2010年12月10日金曜日
Fall of the leaf

 まだまだ葉が残っている木もあるが、すっかり葉を落とした木もある。父が帰ってきて2年が経った。一年目は12月の終わりに入院し、本当に寒い季節は病院の暖かい環境の中で過ごしたので、二年目の去年、冬の寒さを父が超えられるか心配だった。古い家なので風は家の中を吹き渡り、寒い夜は水道が凍結する怖れもあった。今年は老健で過ごせるので暖かく過ごせるだろう。寒い中歩いていたら、去年、父の家から帰る時、寒くて意識を失いそうになったことを思い出した。意識を失うところまで行かなくても、真っ直ぐ歩けなかった。冷たい風が当たると涙が出たが、寒かったからではなかった。身体も元気になり、父のことも大きな負担にならなくなり、今年は思う存分仕事ができることを本当にありがたいと思う。

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2010年12月 8日 (水)

家路を急ぐ

Rush home

 少し(かなり)仕事が忙しく、軌道に乗るまでにはまだしばらくかかるかもしれない。今日は近大姫路大学で講義。もう残りの回数が少なくなってきた。ようやく本題に入ったのが先週だった。関心を持って聴いてくれる学生がいるのがわかっているので、毎回力を入れている。学生の協力があってこそ話せる。
 父の家にある僕の書庫に仕事に必要なノートがあるはずなので講義後、探しにいった。前に見つけたのと合わせてこれで三冊見つけたが、もう一冊あるはず。20年も前に書いたノート(当然手書き)が必要になることがあるものだ。だから捨てられない、とノートや本はどんどん増えていく。幸い、ノート類は今はコンピュータを使うので、スペースをとらないのだが。
 夕方、鳥が飛んでいるのをよく見かける。

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2010年12月 6日 (月)

人のために

beatiful at any stage

 昨日、今日と暖かく感じたが、外に出るには気合いがいる。外に出て少し歩き始めたらもう寒さのこともあまり気にならないのだが、出るまでがあれやこれや出かけないでいい理由を探してしまう。
 新しい仕事がいくつかあってどれもまだ軌道に乗っていないので、まだ毎日仕事を始める前にエネルギーがいる。歩くのと同じで方法が確立するとわりあい楽に仕事に取り組めるのだが。
 病気で失ったものは大きいという主治医の言葉を思い出す。でも今やその後得たことのほうが病気で失ったものよりもはるかに多くなったように思う。
 いろいろな意味での縛りから自由になった今は何事にも余計な気を遣わず生きていける。もしも自分に才能と呼べるものがあるとすれば、それは人のために使っていきたいし、そうしなければならないとこの数日強く感じている。
 父のところへ行くと、今日は何か用があったのか、といわれた。二日続けていったからかとも思ったがそうではないようだ。いつもあった時、めずらしいと迎えられるのも悪くはない。会いに行ったことを喜んでくれているわけだから。父のいるところはまだ黄葉、紅葉している木々が残っていた。冬はまだ一度も経験していないが、雪でも降れば車で行くのは無理かもしれない。

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2010年12月 1日 (水)

山茶花

Winter flower

 土曜、日曜と講演が続き、その後、今日の近大姫路大学での講義までいつになく忙しく過ごすことになった。この間新刊の校正も終えた。来年出る予定の本は介護の本。介護について書く日がくるとは思ってもいなかった。大学では今日から三回、病気について話す。
 山茶花が咲き始めた。この季節に咲く数少ない花。

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