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2010年10月 4日 (月)

説明しないで描写する

Hear the sparrows sing

 父を訪ねたら、「今日は何しにきた?」といわれ、返答に窮した。くるのを待ち望まれていたり、あまりこないと責められるよりはいいかと思ったが、ここは「そんなこといったらもうこないからな」とでもいいたい場面ではあった。もちろん、本気でいうわけではないけれど。まずは安定しているということだろう。今月は父の誕生日。18日だな、と答える。「残りの〔人生の〕ほうが少なくなった」という父に「まあ、普通はそうだろう」と返したが、父はどう思ったかわからない。
 村上春樹の対談集を読んでいる(『夢を見るために毎朝僕は目覚めるのです』文藝春秋)。カフカのエピソードを惹いて、説明するのではなく、具体的に描写するという話があったが、『困った時のアドラー心理学』はこれを目指した。本文中にアドラーの引用はない。あとがきに、アドラーが、経験のない治療者はあなたには「共同体感覚がない」「劣等感がある」というようないい方をして患者に講義をするのは有害だといっていることを取り上げたのだが。個々のケースはどれも同じではないから、杓子定規な解釈の押しつけはしてはいけないし、できないのである。
 晴れてきたので久しぶりにカメラを持って出かけた。平日の昼間は僕と雀しかいなかった。コスモスがこんなに咲いているのに。

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