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2010年9月 5日 (日)

退院したい、と父

Afterglow of the sunset

 9月になっても猛暑が続く。こんな時間にと思われそうな時にも休んでいることがあって、不在着信がたくさんある。もっとも暑さを回避して夜中に仕事をしているからなのだが。
 3日はカタリナ高校で講義。12回目。残すところ後一回になった。
 4日、父のところへ行ってきた。痛くも痒くもない、退院したい、という。元気な証拠なのだが、「退院」しても行くところがない。あるやろう、姉小路の家、と父はいうがこれは父が結婚するまでいた家で、今はない。その後のことは思い出せない。「そうだ、横浜に行った」。僕が生まれ育った家、父が結婚した母と過ごした家のことは覚えていない。今は父と週に二度ほど会うだけだが、ずっと介護の本を書いているので、父のことが意識から離れず、よく夢も見る。

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コメント

母が通っているデイサービスのメンバーの中に
明らかな認知症の症状がある人が2、3人見えるそうです。
「通院ノートを盗られた」とか
「職員さんが着替えを返してくれない」などと
言うのだそうですが、
そういう人たちのことを、
自分はまともだと思っている他の老人たちが
「ああいう人はここへは来てはいけないよね。
もっと専門のところに行ってもらわないと」と陰口を
言うので
母が「あの人たちは認知の病気がそうさせて
いるんだからいちいち腹を立ててはいけないよ」
と説明してあげたことを自慢げに私に話すのを見て、
私は陰口をきく人にも母に対しても
「みんな五十歩百歩なのに」と笑ってしまいました。
母も50年前のことは覚えていても
昨日のことは忘れてしまうことばかりです。
アインシュタインが「年老いた人にとって
死とは解放として訪れる」と言ったとか。
恐怖心を軽減させるための脳のテクニックなのだとしたら、
と思うと、そのために失った記憶達を
取り戻すことを望めないもどかしさを
感じずにはいられません。

投稿: ちばちゃん | 2010年9月 6日 (月) 00時36分

ちばちゃんさん
 父も、デイサービスから帰ってくると同じようなことをよくいっていました。そして、同じことを僕も思いましたが、父がそういう瞬間はたしかにそう思って発言していたのだと今は思います。
 記憶は一方的に失われていくばかりではないように見えます。ふいに思い出すことで苦しむこともありますが、僕にはどうすることもできません。死のことも父は話します。僕はおろおろします。

投稿: 岸見一郎 | 2010年9月19日 (日) 08時56分

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