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2010年9月18日 (土)

執着するものがあるからこそ

Absorbed in sucking nectar

 二晩続けて中途覚醒なく朝まで寝ることができた。
 脳梗塞の後遺症のため声を失った多田富雄はトーキングマシーンを使って会話をしていた。左手で入力し、合成音がそれを読み上げるのだが、会話には時間がかかった。
 告別式の時、息子さんが「父の意志なのですが」と出席者全員にあることを頼んだ。トーキングエイドから機械音の呼びかけが聞こえた。
「もう、いいかい。もう、いいかい」
 多田の呼びかけに、全員で返事を唱和した。
「もう、いいよ」
(上田真理子『脳梗塞からの”再生”免疫学者多田富雄の闘い』)
 自分だったらどうか、と考えてしまうのだが、もう、いいかい、とはいえない。誰か、そのように問う人があっても、もう、いいよ、とはとてもいえない。
 『アドラー心理学 シンプルな幸福論』のあとがきに書いたように、医師から心筋梗塞と告げられた時、ムイシュキン公爵のように「それにしても、こんなに突然じゃ参るじゃないか」と思った。早朝の処置室での情景を何度も何度も思い出す。
 原稿を書いたまま校正刷りを目にしていなかった本のことを思い出した。本の形になったところを見たかった、と思った。
「執着するものがあるから死にきれないということは、執着するものがあるからこそ死ねるということである」(三木清『人生論ノート』)
 父が問うた。
「お前は結婚しているのか」
「しているけど、どうしてそんなことたずねるの?」
「してなかっかたら死ねないと思ってたから」

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コメント

はじめまして。
パセージを受けて、今はアドラー心理学に興味をもって勉強しています。「アドラー人生を生き抜く心理学」を片手にアドラーさんのことを勉強しています。
 先日、頼藤先生がアドレリアンの表紙を描かれたということをきいて、驚いたばかりです。
 多田富雄先生も、アドレリアンだったのでしょうか?わたしは、多田先生の本を読んで、「ある日突然」が本当にあることを知りました。
 これからもアドラーについて書いてください。要所要所でぴしゃりと喝を入れてくださり背筋が伸びる思いです。ありがとうございます。
 
  

投稿: K | 2010年9月19日 (日) 00時43分

K |さん
 コメントありがとうございます。
 「アドラー 人生を生き抜く心理学」はアドラー心理学全般にわたって本格的に論じた本ですが、それでもただの概論ではなく、そこから生きるヒントをつかみうる本になるようにしました。
 多田氏がアドラーのことをご存じだったとは思いませんが、晩年の氏の死の生きる姿勢から学ぶことは多々あり、ことに病気の種類は違いますが、病後氏の著作を読むことで勇気をもらい、著書の中でも引用しました。

投稿: 岸見一郎 | 2010年9月19日 (日) 13時49分

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