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2010年8月の記事

2010年8月30日 (月)

進行中

In quest of honey

 例年、七月には咲き出す向日葵が今年はようやく満開になった。今年は蓮も咲かず、寂しい思いをしていたが、向日葵が咲いたのを知って昨日は朝も夕方も写真を撮りに行った。
 土曜には父のところへ行ってきた。歌の時間なのに父は部屋で寝ていた。素人の歌は聴いてもつまらないというので、そうじゃなくてみんなで歌うのだから、といったら起き出した。ノリがいい人と父のように入り込めない人も多かった。僕も父の立場なら部屋にいるかもしれない、と思った。
 介護の本を書いているが、子育ての本と違って(『子育てのための心理学入門』)、今進行中のことを書くのはむずかしい。

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2010年8月28日 (土)

divine clouds

divine clouds

 26日、父の家からの帰りに見た東の空の雲。日は西の山に沈もうとしていた。
 昨日は一転どしゃぶり。雷雨。父の家で仕事をしていたので、自宅で干した洗濯物は濡れてしまい、やり直すことになった。

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2010年8月26日 (木)

運動が足りない

A tranquil life

 ようやく父の家の近くにある向日葵が咲き出したが、なぜか今年は写真を撮りに行く気になれない。早起きをすればいいのだろうが、あまりに暑いからだろうし、依然、暑いとはいえ、季節外れのように思うからかもしれない。
 仕事が立て込んでいることと相まって運動が足りない。
 長く写真を撮れてない。上高地が涼しかったことを思い出す。明神池で撮った写真。依然、載せたのとは違う方向から撮った。刻々と変わる光を撮るのはむずかしい。

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2010年8月24日 (火)

私は死ねない、と

 父は初めて今自分がどこにいるか気にし始めた。父はマンションを借りて一人でここに住んでいる、というのだが。でも、一人で住んでるんだったら食事はどうしているの、とたずねたら、ここでは食事はしてない、着替えをしたこともない、という。なんかいろんなことがよくわからないのだという父と長く話をした。あの家はどうなっているとたずねるのは父が子どもの頃住んでいた家のことだった。よく覚えてるんだ、と家の間取りや近所の様子を詳細に話してくれる。亡くなった妹(僕のおば)の名前も話の中に出てきた。60年も前のことであることを指摘すると、昨日のようだという。その家を結婚して出てから後のことはまったく記憶に残っていない。帰るまでに短編小説を5回ほど繰り返し読み聞かせられたようだった。帰ろうとしたら、ふいに「お前は結婚しているのか」とたずねた。「どうしてそんなこと聞くの?」「結婚してなかったら、私は死ねないと思ってたんだ」一瞬、答えをためらった。僕に関しては父はまだ学生だと思っているようだ。
 目下、介護の本を書いている。父が帰って以来、父との関係を考えるためにたくさん本も読んだ。これだけ介護の本が出ているのになお何を書けるのかと考えたこともあったが、おそらくどの本にも書いてなことを書けると思う。終盤。完成を急ぎたい。

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2010年8月19日 (木)

「前の家」

 例年になく暑いこの夏は、例年になく忙しい。一向に収まる気配のない猛暑の中、毎日、父の家に通って花に水をやり、夕方まで仕事をして帰っている。
 週に二度は父のところへ顔を出すが、駅から30分歩くことができず、今日は行きも帰りもタクシーを使った。帰り、同じ人がこられ、面会時間が短いことに驚かれた。長い時間いてもいいのだが…男の人って話すことないんですかね、といわれこたが、性別は関係ないだろう。一緒にいた時も、あまり父と話すことはなかった。
 父は、今日は前の家のことをたずねた。
「前の家はどうなっているかなあ」
 ひょっとして、と思って、どこの家のことをたずねているのか確かめたら、父が結婚するまで住んでいた京都市内の家のことをいっていた。老健に入るまでいた家、先に父の家と書いた家のことではなかった。
「時々思い出すんだが。よくわからなくなった」
 そんなやりとりを隣で聞いていたおばあさんが、あんたどこからきたんや、とたずねられる。95歳ということだった。次行った時も挨拶しよう。
 一日締切よりも早く仕上げることができたので、17日に広島に行ってきた。父は志願して戦争に行ったが、訓練をしている間に戦争が終わって帰ってこられたが、戦闘機による機銃攻撃を受けた時の恐怖をよく話してくれた。

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2010年8月16日 (月)

すっかり忘れてた

Hidden entrance to the other world

 車で15分ほどのところに蓮が咲いているのを見に行った。毎年近くの池で見る蓮は白いので、蓮といえば白というイメージが強いので、同じ花には思えない。
 息子が東京へ帰ってしまった。毎日、あれこれ話をして過ごしたので淋しい。
 父のところへ行ってきた。お盆だからお墓参りをしたという話をしたら、お寺の名前をいい、「そんなことすっかり忘れてた」という。たしかに去年の夏は父はお盆のことを口にしなかった。
 この頃はよく歩いているようだ(勝手に)。骨折をしてどうなるかと思っていたが、転倒の危険はあっても父が前のように歩けるのはありがたい。ところで父が歩いているのを見たことがない。この頃は大抵部屋で寝ている。

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人生相談風の

New encounter

 締切より一日早く校正を送る。編集者、校閲者の厳しいチェックを交わすのは大変。ブログの更新、メールの返事など遅れていて申し訳ありません。9月の本は「人生相談」風の本でこれまで出した本と少し趣が違う。時間がなく綱渡りのようなことになっていますが、来月の上旬には出版される。
 写真は明神池で見た蒿雀(おあじ)。いつもは見られない鳥や蝶を見るのも今回の旅の目的の一つだった。

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2010年8月14日 (土)

ありがたい

Waterdrops reflecting the sun

Sun drop

 校正の締切が迫っている。自分が書いたものは意味を補って読んでしまうようで、脱字などを見逃してしまう。今、校正中のものは編集者、校閲者にチェックしてもらえるので安心だが、著者でないとわからないミスも見つかる。
 忙しいと友人と話していたら、自分のことで忙しいのならいいではないか、といわれた。至言。
 とりあえず経済的な不安は別として、仕事が次々にあるのはありがたい。

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2010年8月11日 (水)

蓮が咲かない夏

Start off the day

 明神池の三枚目。どこからともなく鴨が現れ、池の真ん中に向けて泳ぎだした。
 思いがけずめんどうな校正作業になって、締切が近づいているのにまだ終えることができない。そうこうするうちに9月刊の本の校正紙が明日届くことになった。
 前にも書いたが、今年は蓮が少しも花を咲かせない。それどころか蓮の葉すら見当たらない。上流で除草剤をまいたのが流れ込んだのではないかとも思うのだがわからない。病気になってから毎年蓮が咲くのを楽しみにしていたので、見られないことを残念に思うし、ただ残念というだけでなく、胸が痛む。悲しい。
 父は元気にしていた。他の人がホールに出ているのに父は部屋でカーテンを引いて熟睡していた。何もすることがなくてなあ、というが、歌を歌っていた。上を向いて歩こう、だった。たしかに父はといえば、他の人が歌っているのに、我関せずという様子ではあったのだが。

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2010年8月 9日 (月)

自転車操業

As the sun rises...

 9月新刊の原稿、初稿は一週間ほどしたらできるということで、しばらくそれまで時間ができたので、9〜10月に出る別の本の(一部の)校正を進めているのと、介護の本の原稿を書き進めている。
 写真は明神池。先の写真とは別の角度から撮った。
 昨日夜遅く東京から息子が帰ってきた。今度はいつまでいられるかまだたずねてない。いつもいろいろなことについて教えてもらう。

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2010年8月 8日 (日)

登山への道は遠い

veiled in the morning haze

 朝焼けを見た後、明神池へ出かけた。いつも出ているわけではないということだったが、朝靄が池に出ていた。やがて朝日が差してきた。刻々と変わる光景を写真に撮った。またすぐにでも行きたいが、コンピュータを持っていっても、ネットに繋がらないと仕事はできない。テレビがないのはまったく気にならない。消灯が9時半というのは問題だが、入院していた時も早く寝ていたわけで、今、また遅くまで起きていることのほうが問題である。
 帰りのバスで一緒になった人は(70代に見えた)5日キャンプを張って山に登っていたという。7時にはもう寝るしかないということだった。常も、毎日2、3時間歩くといってられた。登山への道は遠い。

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2010年8月 7日 (土)

久しぶりの旅・花火

 5,6日と病後、初めて泊まりがけで旅行をした。あまりたくさん写真を撮るほうではないので、二日で200枚くらいしか撮ってない。まだ整理ができてないが、何枚かは載せたい。
 上高地の明神池近くに泊まった。9時半に消灯。本当に部屋への電源の供給が止まる。朝、できているはずの充電ができてなくてあせった。朝、部屋の窓から穂高の朝焼けが見えた。その後、明神池へ。チェックアウト後、午前中歩き続けた。
 帰ると「仕事」が待っていた。明日朝、原稿を手直しして出さないといけない。今夜は花火大会だったが行けなかった。遠くからヴィデオに撮ってみた。去年は父がいたので、花火の日は大変だった。結局、父は花火が怖くて見に行こうとはしなかったが、花火が上がる川の間近にある父の家は花火が上がる度に揺れたので、なかなか眠れなかったようだ。父のところへ昼間に行った時、花火のことを話題にしたが、見たいとはいわなかった。そういわれても連れ帰ることはできなかったのだが。
 早く仕事を終えねば。9月の初めに『困った時のアドラー心理学』(中公新書ラクレ)という題で出版予定。

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2010年8月 5日 (木)

上高地へ

久しぶりに休みを取り、上高地に向かっている。高速バスでコンピュータを開くのもどうかと思うのだが、席はゆったりしていているので出してみたのだが、揺れはかなり激しい。途中、何度か通り雨があった。これから行くところが猛暑の京都よりも過ごしやすければいいのだが。リュックに荷物を詰め込む。着替えの他は、MacBook Air, iPhone, Kindle。そしてカメラ。京都では見られない蝶の写真を撮りたいと思っている。

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2010年8月 2日 (月)

開店休業

Rising with the sun

 早起きして父の家へ。ちょうど日が昇ったばかりだった。父の家に着く頃には露でズボンが濡れる。暑い日が続き早朝か夜でないと外へ出て行けない。クーラーがなかった学生の頃は、7月から9月まで哲学は休業します、といって先生から、それは少し長すぎないかね、と笑われたことがあったことを思い出した。
 土曜日、老健で父の主治医と話すことができた。覚えてもらっていて、先生から声をかけてくださった。家にいた時と違って、週に二度は行っているが、記録などを読む機会もなく、行く時にスタッフから様子を聞くものの父がどうしているかあまりわからないので、話ができてよかった。もっとも話は父のことではなく、読んでくださった僕の本をめぐってのことだったのだが。

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2010年8月 1日 (日)

夏祭り

Bathed in the morning sunlight

 父が今いる老健で「夏祭り」があって行ってきた。5時からの催しで、常より早く夕食を終えていた。たこ焼きとジュースを食券で買ったが、本当は父はビールが飲みたかったようだ。ビールはだめ、といっても「なんでや」と何度もたずねる。一口、二口して「食べ」という。楽しんでいるかどうかはあまりわからなかったが、車椅子にすわって盆踊りや太鼓の演奏を聴いて過ごした。蝉が鳴き声がする。暑かったが、じっとしていたら冷たい川風を感じることができた。「毎年こんなんしてたんやなあ、初めてや」と父。たしかに。

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