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2010年5月の記事

2010年5月30日 (日)

自分で確かめられない/Kindle

Le temps des cerises

 初夏の気持ちのよい日曜日の夕方、ようやく父のところへ行き、花に水をやる。朝は疲れてずっと寝ていた。前はどんなことがあっても、父のところへ行ってショック時の用意などをしなければならなかった。知らずして無理をしていたのだと思う。
 父が老健にいる今は父の様子があまりよくわからない。以前は直接、あるいは記録によって父の様子、状態を把握していたのだが。もちろん、今も老健に行くと、スタッフから説明を受けるのだが。自分で見ることがほとんどなくなってしまった。
 家の前を高齢の女性が通り過ぎる。ふと足を止める。「電気がついてる。いやはるんやなあ」。気にかけてくださる人がある。最近はカーテンを引いていることが多い。
『Kindle解体新書』(スティーブン・ウィンドウォーカー、日経BP)を読み、Kindleについて調べていた。まだ使いこなせているとはとうていいえない。Kindleは読みやすいのと、充電のことをあまり気にしなくていいところが気に入っている(3Gオンで一週間、オフで二週間ほど使える)。

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2010年5月29日 (土)

光あれ

Let there be light

 ようやく晴れ間が見えてきたが、寒いといっていい日が続き、震え上がっていた。写真は少し前に撮ったものだが、こんなふうな光が恋しいと思った。
 葉をすっかり落としてしまってどうなることかと思っていた、父の家にあるハイビスカスの花が二輪咲いた。
 父があまり元気がなかった。退屈でなあ、と。スタッフに聞けば、絵を描いたりしているようだが、家にいた時新聞を読んでいたが、こちらでは読めないか、といったら、ひどく驚かれ、僕の方が驚いてしまった。父が新聞を持ってきてくれ、といっていることを伝えた。テレビの前にすわっていたが、父にはまったく聞こえていないと思う。
 今、書いている原稿が完成したら、介護の本を書く。失敗ばかりしてきたようにも思うのだが、学ぶことも多かった。老健に入ったことで介護が終わったわけではもちろんなく、新しい局面に入ったように感じている。
 僕のヘルペスはなかなかよくならない。

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2010年5月27日 (木)

激変した生活/『人生の意味の心理学 上』

 すっかり変わってしまった生活にまだ慣れない。今も毎日父のいた家へ行って仕事をしているのだが、朝、出かける時間がずいぶん遅くなってしまった。前は父が待っているので一刻も早く行かないと思っていたのだが。
 今は週に二回老健に通っている。洗濯物を持って帰り、洗濯しないといけないからである。火曜日に行った時には、父はコルセットを外し、壁の方を向いて熟睡していたので、起こさずにそのまま帰ったが、せっかく行ったのにという思いが残った。看護師さんらから父の様子を聞くことはできたが、やはり父と話をしたかったことに思い当たった。
 この頃、電話が激減した。前は父の介護関係の電話がひんぱんにあったのだが。

 アドラーの『人生の意味の心理学 上』を上梓した。4月に出した二冊の本ではこの本からの引用が多い。アドラーセレクションでは初めての英語からの翻訳である。
<人生についての意味づけ(ライフスタイル)を変えれば、世界は驚くほどシンプルになる。心理学の巨匠アドラーが、平易な言葉で雄弁に語る幸福論。上巻では、人生の意味は他者への関心と貢献、協力であることを、夢、早期回想、家族布置の事例を通して明らかにする>

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2010年5月24日 (月)

重複ない分、難しく

Did you call me?

 大雨のため昨日は父の家に行けなかった。今日、雨の合間に父のところへ行くと、雨漏りでひどいことになっていた。修復には時間がかかるかもしれない。川はひどく増水していたが、浸水するには至らなかった。
 最近は、講義や講演を録音して、後で聞くようにしているが、本との一番の違いは、何度も繰り返し話していることである。講義をそのまま文字化したら、重複する箇所があって、冗長になるはずである。文字に記すなら(僕は、ということだが)極力重複しないように書くので、自然、密度が濃くなってしまう。その代わり、耳で聞く講義とは違って、何度も読み直すことができる。僕が書いた本の中では、『高校生のための心理学入門』と『子育てのための心理学入門』が講義に近い。
 父のことで頭がいっぱいという感じだが、息子の夢を見て驚いた。

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2010年5月23日 (日)

一緒にいてハッピーな人

麦秋 time of the barley harvest

 今日も暑い日になった。父の家に向かう道から麦畑を撮った。
 金曜、父のところへ行った時、もっと長くいたらよかった、とふと思った。父は遠くから僕に気づいて手をあげたが、いつか僕のことがわからなくなるのだろうか。こんなことをtwitterに書いたら、それでも一緒にいてハッピーな人とは思ってもらえるだろう、と自分の経験に即してコメントをくれたアメリカの人があった。それでいいのだと思う。

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2010年5月21日 (金)

自転車で父のところへ

Presciousness of life

 午前中、講義。急に暑くなって、いつもは話している時は身体のことを忘れるのに、今日は少しつらかった。
 帰ってから父のところへ行った。最初の頃と違ってこの頃は頻回に着替えるのか、洗濯物が多い。リハビリをしているというので見に行く。作業療法士の先生と歩く練習をしていた。かなり離れていたのだが、父は僕に気づいたようで、手をあげてくれた。車椅子にすわるなり、疲れたのかうとうとするので、早々に帰ってきた。
 自転車で行ったのだった。この暑いのに。すぐに帰ったのは、僕の方が疲れてしまったということもある。
 講義が終わった後、ぼんやりしていてiPhoneを教壇に置き忘れてしまった。夕方、買い物に行った時、自転車の籠の中に袋を入れたままで店に入り、買い物の途中で思い出し、どうしようか、と迷った。村上春樹の1Q84ならどこででもまた買えるが、カフカの日記は持ち去られたら困るな、と思った。でも、本を開けたらドイツ語なのでがっかりする仮想犯人をイメージしたが、もちろん、買い物を終えて自転車まで戻った時、袋はそのままあった。

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2010年5月19日 (水)

その時も変わらず

With my hundred eyes

 父の様子を見に行くと、父はベッドにはいなかった。車椅子にすわってテレビを観ていた。車椅子を押して話ができるところまで移動する。「まあ、そこへすわれ」と父は長椅子を指さした。この先、父がどうなるかわからない。今のところ僕のことがわからなくなるとは思えないが、かりにそうなったとしても、施設で会う人たちと同じように挨拶し、話をすることはできるだろうと思う。

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2010年5月17日 (月)

眼科医アドラー

Timelessness

 週末忙しく疲労困憊。書き忘れたが、目の状態が落ち着いたので緑内障の検査をした。疑いが(一応)晴れて安堵。目を診てくださった先生は、僕の『アドラー 人生を生き抜く心理学』を読み、アドラーが最初眼科医だったことに注目される。待合室で待っている人のことを気にしながら、アドラーの話をする。
 The flying arrow is motionless. 飛ぶ青鷺は止まっている、という説明をFlickrとtwitterではつけたが、アリストテレスのいうゼノンのパラドクスのもじりである(飛ぶ矢は止まっている)。

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2010年5月15日 (土)

飛ぶ宝石、翡翠

2010年5月15日土曜日
Flying jewel

 点眼薬の使用期限が過ぎたので、午前中眼科を受診。ヘルペスはなおはっきりしない。急ぎの原稿があるが、気を晴らすために昼から京都府立植物園に行った。思いがけず翡翠に遭遇、『アドラー 人生を生き抜く心理学』に引いたポール・オースターの鉛筆のようにカメラをずっとスタンバイしていたので、落ち着いて5枚撮ることができた。もっとも望遠レンズがない僕のカメラでは遠くの木に止まった翡翠を撮るのは至難の業なのだが。この後、再び池の水面ぎりぎりのところを流星のように飛んでいった。
 近刊のアドラーの『人生の意味の心理学 上』(アルテ、岸見一郎訳)の見本刷が届く。急ぎの原稿はこの本の下巻に載せる解説原稿のことである。訳はもう完成している。

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2010年5月14日 (金)

怒濤の三週間

 今日はカタリナ高校で講義。三週間ぶり。怒濤の三週間。老健入所が思いがけず決まりほっとしていたところ、腰椎圧迫骨折で入院するという事態になり、ちょうど一週間前に入所した時には、お疲れが出ませんように、と何人ものスタッフから声をかけられたが、きっとずいぶん疲れた様子をしていたのだろう。
 夕方、行くと父はコルセットを外してベッドで横になっていた。「こうしてじっとしてたら痛くないんや。でも、少しも動けない」。コルセットは痛いので外してほしいというようだ。
「でも、コルセットをしていたら起き上がれるの知ってた?」
「知らん」
「歩く練習(リハビリ)してるはずだけど」
「お、歩いた」
「その時はコルセットをしていたはず」
「うん」
「きつく締めないとよくならない。コルセットが痛いからといって外して、骨折が治らないのがいいのか、コルセットが痛いのを我慢して早く起きられるようになるのとどっちがいいかよく考えてみて?」
というような話をして今日は帰った。
 帰る時、父が手を振ってくれた。

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2010年5月12日 (水)

30分で父のところへ

Sorry to interrupt you

 父のコルセットが予定よりも早くできたという連絡を受け、火曜の夜、老健へ行ってきた。きついくらい締め上げないといけないのだが、父はこれでいいという。今日も父のところへ行ったら、夜に自分で外してしまったということだった。
 タクシーを使うしかないと思っていたが、昨日は最寄りの駅から30分で歩けることがわかり、今日は家から自転車で30分で行けることがわかった。行きは上り坂が多く、もう少しかかったかもしれない。洗濯物を持ち帰るために週に何度か行く必要があるが、これなら大きな負担なく行けそうだ。行くと父は喜んでくれるようだが、少し話をするとうとうとし始めたので、すぐに帰った。
 この一年半は父のところで仕事をすることが多かったが、また自分の部屋で仕事ができるようになった。急ぎの原稿をかかえているが、先にも書いたように時間はゆっくり流れ、ゆっくりと考えることができる。

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2010年5月10日 (月)

時間はゆたりと/受診

As close as I can

 今日は第一日赤受診。主治医が異動になり代わって新しい先生の初めての診察。岡田医師にはこの四年、ずっと診てもらっていたので先生から離れることに不安はあったが、入江医師ともうまくやっていけそうだと思った。次のバイパス手術のことなどについて話した。薬が増量になった。肝臓がよくない。
 このところずっと父をおいての受診だったので、待っている間に父のことが心配でならなかったが、今日は気持ちが楽だった。次回の予約を9時に入れてもらえた。父が家にいた時にはできないことだった(朝食と服薬のために父のところに一度寄らないと出かけることはできなかったから)。
 4時にレンタルしていたベッドと車椅子を返した。ついこの間まで父が寝ていた部屋ががらんとした。ここはもう父の帰ってくる場所ではないことを思う。
 夕方、買い物をして帰ってからもなお夕食までには時間があった。今日は出かけたのに、時間がゆったりと過ぎていくように感じた。

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2010年5月 9日 (日)

早く退院したい、と

With my hundred eyes

 朝、父を見舞ってきた。早く退院したという。病院だと思っている。自由に起き上がれるようになっても、退院しないことがわかったら父は何というだろう。腰椎を骨折して動けないはずの父が夜部屋から出て行ったという報告を受けた(僕が知りたいのは、再発防止策なのだが)。今、痛みがないのは薬のためだということ、骨折したということを父に説明した。背骨が折れたんだ、といったら顔色が変わった。圧迫骨折をこんなふうにいっていいのかわからないが、早く治ってほしい、と思った。ギブスができるまでまだ時間がかかる。
 明日は受診日。父が家で待っていることを気にかけなくていいのなら、長く待つことになっても安心である。主治医が変わった。明日、初めて会う。どんな人なのか気がかりである。

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2010年5月 8日 (土)

心穏やかに

morning dew

 今日はヴァイツゼッカーの研究会の日で発表が当たっていた。今週は思いがけず父が入院し、その後、老健入所が続き、準備に時間を取ることができず、父の病室、病院の待合室、電車の中など細切れの時間を探し出してテキストを読まなければならなかったが、こんな状況の時の方が集中できるというのも本当である。この一年半、父との暮らしはずっとこんなふうだった。
 研究会ではいつも木村敏先生から学ぶことは多い。ドイツ語の読み方というよりは、テキストをどう読むかということについてである。『精神医学から臨床哲学へ』(木村敏、ミネルヴァ書房)を読んでいる。喫茶店で読書や仕事をする先生は、自宅近くの喫茶店と、リュックサックにノートパソコン(MacBook Airだと思う)を入れて、30分ほど歩いた先にある喫茶店でこの本の原稿を書いた話があって、僕が父のところへ30分歩くことをためらっているようではいけないと思った。
 その父は昨日、老健に入所した。明日、父に会いに行く。心穏やかに過ごしてくれていたらいいのだが、骨折の痛みはまだ消えてないだろう。
 朝、父の家にある花に水をやりに行った。その折、アカツメクサの写真を撮った。

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2010年5月 7日 (金)

父、退院、入所

Enjoy your second childhood

 今日、父は退院し、そのまま老健へ入所することができた。洗濯などがあるので入所と行ってもたびたび通うことになるが、夜に父のことを心配しなくていいのは本当にありがたい。今回、たくさんの方にお世話になった。ありがとうございました。
 父は退院といっても治癒したわけではないことを知っているので朝から不穏な様子で、新しい施設に到着してからはたくさんのスタッフから声をかけられることに困惑した様子だったが、早く慣れてくれたら、と思う。僕の方も新しく関わることになる人との関係が待っていて、そのことを今は楽しみにしている。家から遠いのが問題だが、JR二駅、駅から徒歩30分(諸説あり)をクリアできたら、行くことは苦にはならないだろう。タクシーを使ってばかりいると高くつく。自転車という手もあるな、とかいろいろ考えている。

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2010年5月 6日 (木)

明日、退院

 今日は三回病院へ行った。車ではなく、電車で行くので時間がかかる。昼からMRI.その結果を夕方主治医に聞きにいった。父の担当のケアマネージャさんが同席してくださって心強かった。
 老健は予定どおり受け入れてくれることになった。もちろん、骨折が治ったわけではなく、コルセットを作ってこれから二ヶ月装着しなければならない。コルセットさえしていれば、すわることもできるようだ。
 今はまだできていないので、明日は病院に介護タクシーを呼んで担架で老健に向かうことになっている。老健からの迎えはないので困っていたところ、病院のソーシャルワーカーさんが手配してくださってありがたかった。車があればよかったのに、と思っていたが、目下すわることもできないので、もしも運転ができても車で送ることはできないことがわかった。
 父に明日退院することになったことを伝えた。ただし退院といっても、別のところに行くといったら、父はこの間行っていたところか、というので驚いた。何という病院だというので困った。コルセットがとれたら帰りたいというのか、今のところ予想できない。いろいろと大変だったが、骨折をして痛みのある父が目下一番辛いだろう。

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2010年5月 5日 (水)

歩けないはずなのに

Happy encounter

 病院から電話。ちょうど出られず留守電に入っていたのだが、ティッシュがなくなった、父がテレビを観たがっているという内容なのでおかしいと思って(大事な内容かもしれないが病院からの電話というだけで怖いものである)病院に行くと、腰椎圧迫骨折で動けないはずの父が病室から出て行き、別の部屋のベッドに寝ているところを発見されたということだった。この上、骨折をされたら老健の入所どころではない。ベッドの配置を変え、センサーを設置し、徘徊に備えてもらっている。父は身体を起こして食事ができるようになっていて、前日よりも元気になったのは本当だが、痛み止めの薬を飲み、コルセットをしているとはいえ、まさか父が歩くとは思っていなかったので、話を聞いて驚くと共に、行く末を思い強い不安感に襲われた。
 父は入院していても、花に水をやらないといけないのと老健の入所準備に今日も父の家に行った。写真は途中の道で見つけたベニシジミ。

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2010年5月 4日 (火)

乗り切りたい

Surrounded by butterflies

 昨日、一度戻って入院の準備をして再び病院へ行ったところ、父は熟睡していた。起こさずに帰った。今日は起きていた。身体を起こせず、食事が思うようにできないことを何度も繰り返して話した。入院したのは昨日で、まだ一日しか経っていないというと驚いていた。「なんでこんなことになったのだろう」という。老健入所のこともあって心労が募るが乗り切りたい。
 朝、父の家へ行く途上でアゲハチョウ(ジャコウアゲハか?)の大群に遭遇した。どこを見ても蝶が乱舞していた。

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2010年5月 3日 (月)

父、入院

Beautiful spring colors

 父が腰部圧迫骨折で入院した。どうやら夜中か朝にトイレに行こうとした時に、尻餅をついたようで、その時に骨折したようである。本人は覚えていないのではっきりしたことはわからないのだが、訪問看護にこられた看護師さんが骨折を疑い、すぐに主治医の往診を依頼し、救急車での入院ということになった。連休明けにMRIを撮らないと細かいところまではわからないが、当面、コルセットをはめ、安静にする必要がある。家にいれば褥瘡ができるというのも入院することになった理由である。
 問題は7日に老健への入所が決まっていたことである。入所がかなわず父が帰ってきても、受け入れ態勢がない。骨折することだけは回避したいと思って注意をしてきたのに、最後の最後になってこんなことになって残念でならない。
 今日は、そういうわけで救急車で病院へ行くなど疲労困憊。よくなりかけていたヘルペスが逆戻り。
 昨日、父の家の前で今年初めてアゲハチョウの写真を撮ることができて気分が爽快だったのだが、今夜は父は病院にいるのだから心を安らかにして、これからどうするか、何ができるか、冷静に考えようと思う。

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2010年5月 2日 (日)

同意してくれた

Glad to see you remain...

 朝行くと、ベッドから降りてすわっていた。どうやらポータブルトイレで用を済ましたものの立てなくなったようだ。痛みが刺激になったのか、驚くほど冴えていて、最近のこともあれこれ思い出して、いつまでもテンション高く話し続けるので驚く。仏壇があったはずだがどこにあるとか、友達に会いたいとか、看護師さんは7人きてるのだろうとか、インタビューを受けたんだって、とか…昨日の朝日新聞に載った僕の本の広告を見せたら「特殊な本だから売れんだろう」というのには苦笑。売れるから。
 一番の心配事は夜一人でいることだという父は「お前にここに住んでもらえないかと思っていた」といいだした。「それは無理なんだ、僕は家族がいるから」といってもこれはわからないようだった。
 今が老健入所のことを切り出す絶好のタイミングだと判断して、金曜日の入所の件を話したところ、すぐに同意してくれた。父は権威に弱いので主治医の名前を貸してもらったのだが。先生がお医者さんと看護師が常駐する施設を紹介してくれた。夜もずっと見回ってもらえる。病院ではないから昼間は絵を描いたりして自由に過ごせる…
「そうか、しばらく入院するんだな」
「そう」
「個室でないといやだな」
「それは心配しなくていい。個室だから。静かに過ごせるし」
「それはよかった」
 個室は前にも書いたことがあるが、高くつくので個室しか空いてないといわれ正直困ったのだが、この時ばかりは個室であるといえてよかったと思った。去年、入院していた時のことを思い出して、見舞いの人がくるとうるさくてかなわなかったという話をした。
 腰痛のために沈殿していた過去の記憶がかき回されたようであれこれ思い出したのはいいのだが、直近のことは覚えられなくなってしまった。夕食後、食べたかどうか二度もたずねたし、父を支えてベッドから居間まで移動したのに、ほんの少し、僕が別の部屋に行っている間に僕がきていることを忘れてしまった。「一郎が帰ってきたら、風呂に入ってもいいかきいてほしい」と妻に話している声が聞こえてきた。
 そこで、「帰ってきた」僕は父に風呂に入りたいんだって、とたずねると
「腰まで風呂につかってあたためたら痛みがましになるかと思って」
という。
「うちは風呂ないから」
「いや、あるはずだ。一階にあるだろう」
「でも階段が…」
「降りていったらいいだろう」
 僕はここで言葉を失ってしまったのだが、父とのここでの生活も後数日だと思うと心穏やかでいることができた。

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2010年5月 1日 (土)

一筆啓上仕候

 ホオジロが一生懸命鳴いていた。
 「一筆啓上仕候」とは聞こえないが…

Hojiro

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腰痛、眼科医アドラー、テントウムシ

Fly to the sun

 朝、父のところに行くと、父は腰痛(ぎっくり腰)で七転八倒。デイサービスの日だったので困ったが、迎えにこられたスタッフは居間まで車椅子を持ってきて、それに父をすわらせ、段差もものともせず、車椅子ごと父を車に乗せた。父は行きたくないという間もなく、電動で椅子ごと持ち上げられる。思いがけない展開に驚き、かつ少しばかり嬉しそうでもあった。電動で椅子ごと持ち上げられる。帰ってきた時は痛みはましになっていた。
 夜中に一人でいることの不安を訴える。実は老健への入所が決定した。正直いって(入所は)難しいといわれていただけに突然の決定に驚く。父の説得という大仕事が残っているが、これで夜も安心だというところから話してみようと思う。入所しても週に一度は面会に行く必要がある。洗濯物を持って帰らないといけないのだが、こんな時、車を運転できないと大変。
 僕のヘルペスははかばかしくはない。無罪放免にはならず、点眼液がさらに二週間分処方された。眼科の先生は僕の本(『アドラー 人生を生き抜く心理学』NHK出版)をamazonで買った、と本を出してこられる。アドラーが最初眼科医だったことに注目された。
 テントウムシを見つけた。英語ではladybirdという(アメリカではladybug)。ladyというのはマリアに由来する(赤い服を着たマリアの絵が多い)。模様は決して規則的、同じ形ではないことがわかる。

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