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2010年5月12日 (水)

30分で父のところへ

Sorry to interrupt you

 父のコルセットが予定よりも早くできたという連絡を受け、火曜の夜、老健へ行ってきた。きついくらい締め上げないといけないのだが、父はこれでいいという。今日も父のところへ行ったら、夜に自分で外してしまったということだった。
 タクシーを使うしかないと思っていたが、昨日は最寄りの駅から30分で歩けることがわかり、今日は家から自転車で30分で行けることがわかった。行きは上り坂が多く、もう少しかかったかもしれない。洗濯物を持ち帰るために週に何度か行く必要があるが、これなら大きな負担なく行けそうだ。行くと父は喜んでくれるようだが、少し話をするとうとうとし始めたので、すぐに帰った。
 この一年半は父のところで仕事をすることが多かったが、また自分の部屋で仕事ができるようになった。急ぎの原稿をかかえているが、先にも書いたように時間はゆっくり流れ、ゆっくりと考えることができる。

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コメント

おはようございます。
アカツメクサにテントウムシが2匹、
羽に日が当たって輝いてきれいですね。
明るい気持ちを感じました。

>先にも書いたように時間はゆっくり流れ、ゆっくりと考>えることができる。
よかったです。
電動自転車を使うと坂道もスイスイですよ。

投稿: かすみ草 | 2010年5月13日 (木) 07時03分

「アドラー人生を生き抜く心理学」読みました。個人心理学の内容だけでなく、アドラー自身の生き方を織り交ぜて語られていたので、アドラー心理学の発展過程までが理解しやすくなりました。
優越性の追求、神経症的ライフスタイル、他者とのかかわりを繰り返し読んでいます。
この場でこういうことをお尋ねしてよいのかわかりませんが、ひとつ質問があります。(お忙しいのに、すみません。)
神経症的ライフスタイルを本人が手放そうとしない限り、まわりの人は何もできないのでしょうか。
義母は、認知症と思われ、記憶障害があります。
直近のことをわすれ、判断力も低下し、本人は自覚があるのかないのか、そのことをいいことにまわりの者に依存しっ放しです。私は一人では生きていけない、何もできないと言うばかりで行動を起こしません。
まずは、病院へ行き正しい診断を受けてほしいと思うのですが(これは私の課題)、本人は検査を受けたがらず、まわりの中にも嫌だといってるのなら本人の意思を尊重すべきとの意見をいう人もいます。なぜ、病院へ行って欲しいとおもうのか、結局それは私自身のエゴなのかと行きついてしまいます。(来るべき介護生活への不安を肩代わりさせているのかと。)
明日死ぬかも知れない老人の(若くても明日が保障されているわけではないですが)甘えやわがままに毅然とした対応をとるのことの難しさを感じています。
 記憶障害という症状を神経症のライフスタイルの症状として使用してる場合、貢献感に注目した対応だけで本人を勇気づけても、認知症の進行は進むし、病院は行かないし、これでいいのかと自問自答を繰り返しています。認知症であっても、あくまでも対等で勇気づけできるためには、毅然とした対応後に感じる罪悪感に私自身が向き合わないといけないのでしょうか。

投稿: よこた ちさ | 2010年5月13日 (木) 15時44分

かすみ草さん
 テントウムシの邪魔をしないようにと思いましたが、二匹とも夢中で僕が近づいたことに気づかなかったようでした。
 細切れの時間ではむずかしかった仕事をこれからは落ち着いてできたら、と思っています。

投稿: 岸見一郎 | 2010年5月13日 (木) 19時31分

よこたさん
 ありがとうございます。どんなことでもおたずねください。
 父の場合は介護サービスを利用するために診察を受ける必要があるという説明をしました。その後、内科に入院することになって、退院時に神経内科でMRIを受け、その際、アルツハイマーという診断を受けました。自分では今も物忘れがひどいということ以外には病識はありませんが、年がいえば誰でも物忘れがひどくなるけれども、直近のことを忘れるというのは危険なこともあるので(火の不始末など)、それを治す(実際には進行を遅らせるくらいの効果しかないようですが、それでも服用が早ければよくなったという例もあるようです)ための薬があるのだけど、病院に行かないともらえないから行かない?というふうに誘うことはできないでしょうか。仮に認知症という診断がされても、「貢献感に注目した対応」は、認知症の中核症状(記憶障害、見当識障害)の進行を止めることは困難でも、周辺症状(抑うつ、不安、徘徊、攻撃性など)の改善は可能です(と多くの専門家が指摘しています)。
 親の生き方を変えることは難しいですが、身に危険が及ぶようなことを親がした時に毅然とした態度で止めるというようなことであれば、罪悪感を持つにはなりませんし、むしろ必要なことです。
 私が心配なので診察を受けてほしいとお願いすることはエゴではないと思いますよ。

投稿: 岸見一郎 | 2010年5月13日 (木) 20時02分

返信ありがとうございました。
確かに、以前は物忘れや繰り返し同じことを話すことに、周りの者が指摘したり負の感情を持って対応していると、うつ状態になったり、攻撃的になっていました。
今は、帰省の回数を増やし、できるだけ話をきくようにしてますが、以前に比べてずいぶん表情が穏やかになったと感じます。
他人との接触がほとんどない生活を送っているので、仲間がいるという感覚が薄れているのかもしれません。家族で会う機会が増えるうちに、もう少し前向きな考え方を受け入れてもらえる時を待って話してみようと思います。
先生のコメントを頂いて、心が軽くなったような気がしました。言葉で伝えることは大事ですね。自分の思いを伝えることに躊躇していた自分がおかしく思えます。
本当にありがとうございました。

投稿: よこた ちさ | 2010年5月14日 (金) 19時33分

私の母親は3年前糖尿病が悪化した時、
無気力な上に物忘れが激しく
(忘れるのではなく、はじめからアタマに入力されていないのですが)、
私の中で、ボケの進行が早いか死ぬのが早いか、
どちらにしろ覚悟が必要だと悲壮な気持ちになりました。
友人に「食事療法も面倒がる、何に対しても投げやりな母親に腹が立つんだけど、
これって母親を心配してるんじゃなくって私のわがまま?」って聞いて
「そうね、あなたの都合で怒っているのね」
と言ってもらったことをきっかけに
「このまま悪化したとしても母親が選んだこと、
文句は言わない」
と腹をくくることができました。
内科的入院で体が落ち着いたら少しずつ
頭の方も落ち着いてきました。
2回目の入院のとき、半年前にも入院したことを
「まったく覚えていない」と言われたときは
「ギョッ」としましたが「ああ、そう」と
受け流すことができました。
強情っぱりな母が実は、入院という非日常的なことに
私が思うより不安や恐怖を感じていたこと、私が感じていた怒りも、
母の変化に対する不安や恐怖だったことを今なら理解できます。
体を診てもらうついでに頭も、の順番が受け入れやすいようです。

投稿: ちばちゃん | 2010年5月15日 (土) 19時48分

よこたさん
 親子は近すぎてともすれば遠慮がなく感情的になりがちですが、他方、感情的になるのでなければ、腫れ物に触るように接するというのもどうかと思います。その時々に話したことが記憶に残らないとしても、その時の感情は残るように思います。父にこれといって何かできたかわからないのですが、一人で暮らしていた時と違って、一緒にいた時にあまり話をしたわけではなくても、父は落ち着いたようです。

投稿: 岸見一郎 | 2010年5月17日 (月) 20時40分

ちばちゃんさん
 父は去年2ヶ月入院していましたが、後になって覚えていないというので驚いたことがあります。父の場合、インプットはあるのですが、必要があって思い出さないように見えます。つらいことや恥ずかしいことを思い出さないのです。
 貧血、肺炎での入院した最後に神経内科を受診しました。MRIはともかく父のことを知らない医師がいきなり認知症の検査をしてみても正しい結果ができるのか疑問に思ったのも本当です。

投稿: 岸見一郎 | 2010年5月17日 (月) 20時45分

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