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2010年4月の記事

2010年4月29日 (木)

ようやく好天

heron at the verdurous pond

Coming of the season of fresh green

 昨日は気分を変えるべく父をデイサービスに送り出した後外に出てみたが、日射しが強く長く歩けなかった。写生をしている子どもたちがたくさんいて、鳥を撮ろうと思いカメラ機材を持ってきた人が、今日はだめだ、といっているのを聞いてしまったが、久しぶりの好天に恵まれ、子どもたちが歓声を上げているのを見ると心が弾む。
 青鷺、真鴨を近くから撮ることができた。真鴨がまだ日本を離れずにいたことに驚く。今年は寒い日が長く続いたからなのだろう。

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2010年4月28日 (水)

今日の日を指折り待っていた

 なかなかヘルペスがよくならず、意識が身体の方にばかりに向くのを振り切って仕事をしたいのだが、うまくいかない。でも、休むことができたからか、昨日、体重を量ったら1キロも増えていて驚く。この数年間、減ることはあっても増えることはなかったように思う。睡眠時間は少ないといけないようだ。
 父は月曜来風邪気味の様子。月一度の往診の時には熱はすっかり下がっていたが、昨日もおとついもよく眠れなかったと頻りに父がいうので(父が過去のことを話すと驚く)、薬を処方してもらうことにした。こちらに帰って初めて。よく眠れたのか昨日、今日は朝、行った時、まだ寝ていた。常は着替えをすませているのだが。
 今日は『アドラー 人生を生き抜く心理学』の刊行日。
 それと、朝日新聞夕刊に僕のインタビュー記事が掲載される日。東京本社版なので僕は見ることはできないのだが。校正は見ていますが、どんなふうだったか教えてくださると嬉しいです。

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2010年4月25日 (日)

ヘルペス、Kindle、特養

 いっこうによくならないので土曜の朝、眼科を受診したところ、予想どおりヘルペスだった。はじめてヘルペスになったのは、3年前のバイパス手術を受け、術後11日目に退院した直後だった。その後も何度かかかった。疲れると出てくるようだが、疲れているから必ず出てくるわけでもない。今回は、仕事が一段落し、ほっとしたところだった。数日、目が開けられず、本も思うように読めず、書くこともできず、茫然と過ごすことになった。今日は天気も回復し、晴れ渡った空を父の家から見ながら構成の仕事をしている。
 電子書籍のことがいたるところで話題になっているが、自分で使っていなければ批評するのはむずかしいだろうと思う。だからiPadについては何もいえない。しかも「長く」使ってないと批評するのはむずかしいだろうと思う。万年筆を買う時に、名前と住所をメモ用紙に書いたくらいではわからないように、である。その意味ではKindleについてだけは読みやすいといえる。amazonで購入した本は、KindleだけでなくiPhoneでもMacでも読めるが(Kindleで読んだ後どこまで読んだかサーバーに記録されるので、iPhone, Macで続きを読むことができる)あえてiPhone, Macで読もうとは思わない。
 長妻厚生労働省が、閣議会見で特別養護老人ホーム(特養)の個室の面積基準を緩和する方針を示したという記事を過日読んだ。現在約2割の個室の割合を4年後に7割にする方針で、個室の面積基準を引き下げ、個室化を促すという。長妻氏は、「相部屋にして定員を増やすという議論もあるが、一時的に宿泊するものではないので、できる限り個室を選択する判断だ」と指摘した。特養の待機者数が減ればいいではないかというふうに受け止められるかもしれないが、一点、触れられていないのは、個室にすると、利用者(家族)の負担が倍になるということである。父も今後老健、特養入所を検討していかなければならないと考えて調べてみたところ、負担のことを考えると、多床室がない施設は最初から候補から外すしかなかった。治療的にいっても、安全面でも(スタッフの目が届きやすいという意味で)父の場合は多床室のほうが望ましいように思う。申し込んではみたけれど、一体、何年先になるのかわからない。

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2010年4月22日 (木)

『アドラー 人生を生き抜く心理学』

 今日は長い時間文字を見ることができない。鈍痛と時折引きつるような痛みがあった。日にち薬だということだが、まぶたが腫れ上がっていると人に会うのがつらい。明日は講義の日なので、朝、目が覚めたら腫れが引いていたら、と思うのだが、今の感じだと無理かもしれない。
 夕方、近刊の『アドラー 人生を生き抜く心理学』(NHK出版)の担当編集者である木嵜さんと会う。初めて会ったのは去年の祇園祭の日だった。その日から本来怠惰で遅筆な僕は木嵜さんに導かれ、何度も何度も原稿を書き直した。手書きするしかなかった学生時代と違って、今はコンピュータを使えるので書き直すのに手が痛くなるというような身体的な苦労はしなくてよくなったのはありがたいが、精神的な苦労は変わりなく、締切さえなければ原理的には何度でも書き直せるのはなかなかつらいものである。出版の期日が決まっていたので、編集者側もやきもきすることはあったに違いない。
 完成した本を手にした今、達成感は大きい。終始伴走してくださった木嵜さんに感謝したい。願わくば、可能な限り多くの人の手に届きますように。28日刊行。
 1Q84とは違うので…表紙の写真を公開します。


Photo

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2010年4月21日 (水)

この広い世界で

happy cabbage butterflies

 近くに菜の花畑があって、父が寝ている間に写真を撮りに行った。この日は風の強い日で2枚しか取れなかったうちの1枚。この広い世界であなたに会えた奇跡。

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ぼんやり過ごす

 数日来、左目に炎症があり、昨日、我慢できず眼科を受診。抗炎症薬と抗生物質を処方してもらったが、よくなったとは思えない。今の症状が落ち着いたら緑内障の検査を受けた方がいいといわれる。眼圧が高いということなのだろう。原因は疲労、睡眠不足、目の酷使ということだろう。仕事は、昨日、来月刊行のアドラーの『人生の意味の心理学(上)』の最終校正を終えたところなのでで、今日は父をショートステイに送り出したので少し休みたいと思っている。
 その父が、朝、何度も今日は出かける日であることを説明したのに、何度か説明を繰り返した後に「今日は一日だけ行って帰る日だな」いうので虚を突かれうろたえた。泊まり(ショートステイ)ではないのだなと確認を求めているわけだ。
「お前は出かけるのか」
「仕事だから」
「夕食に間に合うように帰ってきてくれるか」
「今日は帰ってこない」
「どうするんだ」
「夕食のことは頼んであるから心配しなくていい」
そうはいってみたものの、気が晴れない。
 ともあれ父を送り出した後、片付けをし、少しばかり仕事をした後、今日は帰ってきてぼんやり過ごしている。

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2010年4月19日 (月)

ワーカホリックは弁解にならない

Glad to know you have not gone

 ツグミだと思う。遠くを見据えてじっと新芽の出始めた木に停まっていた。もう旅立っていたと思っていたのだが、寒い日が続いたので出発を見合わせたのか。桜の花も散らずに残っているのも多い。これがflickrに載せた1000枚目の写真。
 長く忙しくしていてたくさんのことを後回しにしたり、不義理を重ねてしまった。
 今日は時間はたっぷりあったはずなのに、注意が散漫になりあまり仕事が進まなかった。

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2010年4月18日 (日)

心配しなくていいから

Where have you been?

 ようやく春がやってきた。菜の花畑に行くと、蜜蜂が一心不乱に蜜を吸っていた。
 父が今日は何曜日かとたずねる。日曜日と答えると、新聞が金曜日のものであることを知り、「新聞持ってきてな」という。いつも一日遅れの新聞を持っていくのだが、今日は忘れてしまったのである。その後、二度同じことを繰り返していった。そういうわりには新聞を一度も開けようともしなかったのだが、ふと昨日、新聞の中から1枚だけ取りだして別にしていたことを思い出したので、何が書いてあるのか見たら、老後の暮らしと住居といった記事だった。大丈夫だから、心配しなくていいから。
 ショートステイの記録を見ると、一日目の夜、「どうして私はここにいるのでしょう」とたずねたそうだ。いつもと違うところにきていることを覚えていれば、すぐにそうだった、と思い当たるのだろうが、父にはわからない。想像するに、これは相当怖いことだろう。
 今日はあまり父と話さなかったが、僕の方が余裕があったので、静かに一日が過ぎた。

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2010年4月17日 (土)

おもしろいと思ってほしい

Jusqu'à l'année prochaine

 今朝は雲は多いもののまた春に戻ることを予感させ、気持ちが晴れた。
 昨日は、今年初めての聖カタリナ高校での講義。毎年のことだが、新しい学生と出会う日は緊張してしまう。教える内容は決まっていても、話をどこから始め、どんなふうに話すかは学生の様子を見てからでないと決められないところがあって、初回の講義を終え、ようやく緊張が解けたようだ。カウンセリングの場合も同じだが、おもしろいと思ってもらえたらありがたい。身構える必要もなく、過去のことが掘り起こされていく怖いものではなく、自分を知ることはおもしろい(amusingという意味ではもちろんないが)と思ってほしい。そんなふうに考えたことがなかったという驚き。驚くことが哲学の始まりというギリシアの哲学者のような言葉のように、知る楽しみを知ってほしい。内容的には厳しい話になることは必至で、自分を振り返ることが鏡に映る自分を見るような怖さを伴うこともありうるわけだが、これからどうするかを考えるアドラー心理学は人をかがみ込んだままではなく、前に向かって歩いて行く援助をする。方向さえ誤らなければ大丈夫。
 昨日、夕方父がショートステイから帰ってきた。疲れたともいわず、すぐに出した夕食を完食。機嫌よくしていて安堵した。
 今日、『アドラー 人生を生き抜く心理学』(NHK出版)の見本刷が届く予定。

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2010年4月15日 (木)

こんな夢

floral tribute to you

 目覚める直前夢を見ていた。光を点滅したISS(国際宇宙ステーション)が夕暮れの空を横切っていく。その後に、同じく光を点滅した旅客機、さらに鳥の大群が続く。写真を撮らなくては、と思って鞄からカメラを取り出す。うまい具合に写真を撮ることができた。こんな夢。おそらくはISS、飛行機、鳥に意味があるのではなく、チャンスを逃さず写真に撮れたというところがこの夢のポイントだろう。チャンスを逃していたらがっかりしていただろうが、間に合った、と幸福な気分で目が覚める。この気分を創り出すことがこの夢の目的だったのだろう…などとぼんやりした意識の中で考えていた。
 母は買い物に行く前に夕食のメニューを考えず、行ってからその日の安い食材からメニューを考えていた。暗算が得意なのでレジに並ぶ前から全部でいくらかもわかっていた。僕にはとうていそんな真似はできない。何を作るか考え、そのために何がいるかをあらかじめ考えておかなければならない。だから、ピーマンが売り切れていたりするだけでパニックになってしまう。もう4半世紀以上、買い物に行き料理を作っているのに少しも上達しない。
 『アドラー 人生を生き抜く心理学』(NHK出版)の見本刷がもうすぐできる。アドラーのイラストが表紙である。

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2010年4月14日 (水)

街に出ると癒される

Hope to see you again next spring

 風が冷たい日になった。父がショートステイの迎えを待っている時にごそごそしはじめるのでどうしたのかたずねたら着替えようかという。「寒いのを我慢しているのはどうかと」。気候が不順だとこたえる。
 もう桜は大方散ってしまったが、季節外れにならないうちに桜の写真を載せたい。また来年も見られますように、と思い、四年生きながらえることができた。
 この数年、父くらいの年配の方と話す機会が増えてきた。スーパーや道で立ち話をする。僕の姿を見かけて待ってられた人があった。「お元気ですか」と声をかけると「もうあかんわ。歩けへん」と答えが返ってきた。そんなこといわないでお元気でいてください、といって別れた。別の人。「おいくつになられました?」「う〜む、八十か九十かな」。父と二人でいると深刻になってしまうことがあるが、街に出ると癒される。

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まだ夢に見る

 今週も今日から父はショートステイ。おかげで金曜の夕方まで自分の時間を持てる。父を送り出した後、午前中は銀行に行ったり、事務仕事。通帳の書き込みを久しぶりにしたら見事に赤字になっていた。外での仕事がほとんどできないのはこたえる。その代わりに本を書いているではないかといわれそうだが。四月に二冊本を出版するので(一冊は既に書店に並んでいる)、ライバルは村上春樹だ、などといって家人のひんしゅくを買っている。NHKブックスの『アドラー 人生を生き抜く心理学』も見本刷りが今週できる。編集者からまだ訂正するところがあるという連絡が入る夢を朝方見ていた。

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2010年4月12日 (月)

社会との接点

 先週は父はショートステイとデイサービスで4日もいなかったからか、昨日、今日は疲れているようにも見えたが、冴えていて驚く。
「今日は選挙ちがうのか。なんでうちには投票用紙が届かないんだ。文句いうたろうか」
 役所から重要な連絡がくるので、郵便物は僕のところへ転送している。年賀状のこともたずねなかった父が突如として選挙の話をしたのは、一つは新聞を読んだこと、一つは土曜日にデイサービスで話題になっていたことが考えられる。新聞は毎日読んでいて、読んだことが話題になることはないので後者の可能性が高いと見ている。話はそれきりで終わってしまったが、父と二人であまり話すこともなく毎日を過ごしている時よりも社会との接点ができるのがいいようだ。
 僕が教えていた学生から看護師になれたというメールが届いた。嬉しい。今年も今週から聖カタリナ高校に出講することになっている。僕の社会との接点。

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2010年4月10日 (土)

そのうちに全体の意味が

In the dusk of the evening

 今日は半年ぶりのヴァイツゼッカー研究会。木村敏先生は元気そうでよかった。ドイツ語のテキストの読み方について教えられることが多い。難解な箇所が多く、一人であればきっと読み通すことができないといつも思う。衆知を集めても理解できないことがある。先生はいわれる。「そのうちに全体の意味がわかればいい」と。わからないことをわからないといえるためには勇気が要る。
 鴨川の土手を歩いた。もう日が傾いていたが、最後の花見にたくさんの人が集っていた。
 iPhoneのアプリにLexiphanes Greek Dictionaryことを教えてもらって、帰ってから調べたら、Liddell & Scott Greek-English LexiconとAuthenriethのA Homeric Dictionaryが入っていた。この(古代)ギリシア語英語辞典は分厚いもので持ち運ぶのは不可能。昔、飼っていたシェパードがよく枕にしていた。僕はこの辞書を二冊もつぶした。もちろん、投げたりしたわけではなく、何度も何度も引いたからだが、学生時代、3万円ほどしたはずのこの辞書が230円とは驚きである。父の家と自宅に二冊の辞書を置くことができず困っていたが、これで一挙に問題が解決してしまった。しかもiPhoneの中に収まっている。データ量は34.1MB。今はこんな時代。

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2010年4月 9日 (金)

『アドラー心理学 シンプルな幸福論』

Blowing in the comfortable wind.

 父が二泊三日のショートステイから帰ってきた。少し疲れているようには見えたが、記録によると、夜も寝られなかったわけではないようで、帰ってすぐに出した夕食も間食し、床についた。長くショートステイに行ったことで怒ってはいないか心配したが、常と変わらぬ様子で帰ってきて安堵した。
 僕の方はこの間たまりにたまった事務仕事をかなり片付けることができた。
 昨日は出版社から『アドラー心理学 シンプルな幸福論』が届いた。今日刊行された。KKベストセラーズからは1999年の9月に『アドラー心理学入門』を出版し、ロングセラーになった。長い歳月を経て、第二弾を出すことができたわけだ。確実に、この間学んだことが反映されていて、微妙に、あるいは顕著に前著との違いを読み取ってもらえるかと思う。
 次は、NHK出版から『アドラー 人生を生き抜く心理学』を刊行する。これも今月の出版である。時期はたまたま重なったが、内容はほとんど重ならない。いずれもアドラー心理学についての本であるという共通項は当然あるわけだが。こちらも校正はすみ、担当編集者の尽力は続いているはずだが、著者からは手が離れた。
 そういうわけで今の気持ちとしては、この写真のひよどりのように、枝にしがみついているというより、力を抜いて風に吹かれている。
 5月に刊行予定のアドラーの『人生の意味の心理学(上)』は初校をすませた。目下、下巻の校正と巻末の解説原稿を書いている。

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2010年4月 8日 (木)

安心な夜

 父は水曜から二泊三日のショートステイ。もともと水曜はデイサービスで、帰りをヘルパーさんに任せて寝るところまで見届けてもらうので、水曜日に関しては同じといえば同じだが、夜、一人でいるかと思うといつも心配なのだが、心配の必要がないのはありがたい。それに朝、起きなくてもいいことも(起きるけれども)。
 それで水曜は何をしたかといえば、前の晩に仕上げた校正をコンビニから発送し、その後、続編の校正の続きをした。昼前ひどく眠くなって横になったら三時間も寝てしまったが、疲れが取れた気がする。

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2010年4月 6日 (火)

少し休みたいが

Moment of bliss

 今日は、5月に出版予定の翻訳の校正を終えることができた。6時までの集配には間に合わなかった。この数ヶ月、自分で書いた原稿ばかり読んでいるような気がする。本をまたしっかり読まないと、枯渇してしまいそうな気がする。
 明日から父は二泊三日のショートステイ。少し休みたいとも思うが、せっかくの機会にやっておきたいことも多々ある。困ったものだ。

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2010年4月 5日 (月)

桜、ハクセキレイ

I will remain here.

short-lived cherry blossoms

 父の家の近くで撮った桜。ハクセキレイは父の家に行く時に見かけた。

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どこへ行くのか、鳥たち

I'll no longer be hungry.

 3月いっぱいで何とか山を越せると思っていたが、4月になってもあまり状況は変わらない。それでも、ひところように目が回るほどではない。桜もゆっくり見に行けないままに、散り始めそうな気配だが。父は看護師さんやケアマネさんに桜を見に行ったかとたずねられ、見に行ってない、このあたりではどこにありますか、と答えていた。家の前に立派な大きな桜の木があるのだが…
 近くの川にブルドーザーが入って土をならしてしまったからか鳥がいなくなってしまったように思うのだが(見た目がきれいでも生き物がいなくなれば意味がないと思うのだが)、春になって渡っていく鳥もあるので、むしろ季節の変化の表れと見るべきなのだろう。鳥のことにあまり関心がなかった時は、鳥の姿が見られなくてもさほど気にならなかったというのに、寂しい限りである。

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2010年4月 3日 (土)

花冷え、Mac修理完了

2010年4月3日土曜日
cold in cherry-blossom time

 花冷えの日が続き、このまま桜を見ることもなく散ってしまうのではないかと思っていたが、昨日ようやく父が寝ている間に近くの川をたずねたら、百舌が桜の木にとまっていた。じっと川面を見つめているように見えた。
 今年も父が車椅子に乗ってくれたら桜見に行けるのだが。今朝たずねたら家を出たところに桜の木がたくさんあることを覚えていなかった。長く冬ごもりをしていたような気がする。
 今日はデイサービスで桜見に行ってきた。満開だった、と話してくれた。「このああたりでも咲いてるか? 見に行きたいな」。車椅子に乗ってくれさえすればどこへでも行ける。
 MacBook Airのヒンジが突然破損したために修理に出す必要があったが、ちょうど仕事の真っ最中で一日も仕事を中断できなかったので新しくMacBook Proを手に入れなければならなかった。ようやく先週修理に出したところ、思いがけず早く帰ってきた。見積もりを聞き、有料なら直さないでおこうかと思っていたが、電話での連絡もないまま、いきなり届いたので診たら、メーカーの無償修理ということだった。二年して出てくる不具合というのがあることを知った。
 さて二台のMacをこれからどうするか。父のところにMacBook Airを置いておくことにしよう。Macを持ち運ぶのはけっこう大変だったのでありがたい。歩く時の負荷が減ってよくないのかもしれないが。データはSimpleTextというプログラムを介して、MacBook Air, MacBook ProそしてiPhone(iPhoneではWriteRoomというエディタを使っている)で書いたものを、自動で同期することができる。MacではJeditを使っている。

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2010年4月 2日 (金)

帽子とマフラーが

 結局、休みを取ることもかなわぬまま仕事。なんとか締切を守って仕事を終えた3月31日(4月1日)の夜は不思議にいつまでも眠れなかった。
 それでも少し気が緩んだのか、昨日は体調がよくなかった。一晩で復帰したのだが。朝、何百回もアラームを消しながら今日は父のところへいかなくてもよくなった、と思っている。もちろん、そんなことはないわけだが。
 朝行くと、父が夜中に暖房の入ってない居間にいたことがすぐにわかる。今日は、帽子(キャップ)とマフラーがテーブルの上に置いてあった。一人で出かけるつもりだったようだ。桜を見に行こうと思ったのかもしれない。父にたずねても「知らん」としか答えないのだが。

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