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2010年1月19日 (火)

イライラするのは

 昨夜は、他者に貢献することを自己犠牲だという人は、他者のために動くことなど少しもしたことがない人ではないかと、編集者がすすめてくれた人(たち)の本を読んで考えていた。また、人にありがとうといわれたら嬉しいが、認めてもらえなくても幸せを感じられる人がどれくらいいるか、と認められることを幸せの中心(の一つ)に据えてしまうとおかしいだろう、とも。
 夜、疲れていたが、娘が帰ってきたら、と思っていたら、遅い時間になってしまった。今日は、数日の疲れを一掃するために、ヘルパーさんにきてもらっている間に長い時間寝てしまった。父のところに戻り、暖かい部屋で仕事。起きてきた父は今日も粘り強くセーターの毛玉を取っている。それは毛玉じゃないのだ、とか、床に息で飛ばすことを注意したら、昨日は怒鳴られてしまった。セーターに穴があいても、それだけのことだし、毛糸は掃除すればいいのだから、もういうのは止めよう。何度も仕事を中断されるのも、家に帰れば仕事ができるのだから、イライラするのは止めよう。

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日記」カテゴリの記事

コメント

私も“イライラするのをやめよう。”時々、自分に言い聞かせないと忘れてしまいます。

投稿: 多恵子 | 2010年1月24日 (日) 11時18分

理解できないことが、目の前で他人によって
繰り返されるとイライラしますね。
その人もイライラするから繰り返すのでしょうし、
「見守る」作業は人間業ではなく、
神の領域なのではないかしらと思えてきます。


投稿: ちばちゃん | 2010年1月24日 (日) 23時46分

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