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2010年1月 9日 (土)

忘れたわけではない

 この数日、ひどく忙しく、朝から晩まで書き続けている。おそらくこの一月は、これまでの生涯の中でそう何度もない、きっと後から振り返れば思い出深い日々になるのだろうか、などと思いながら、頑張っている。人生が動く時は、一度に動き出すような気がする。チャンスは逃すわけにいかない。
 父はわりあい落ち着いている。明日、妹がきてくれるのだが、妹のことがわかるのか、心配である。父の具合はちょうど去年の今頃二ヶ月入院して退院した時は、しばらく長く混乱していたが、その後、少し持ち直し、しかし、同時に意欲全般が減退して今に至っている。ワーキングメモリーが少なくなっているので、生きていくために必要なことだけを選び出して覚えているので、しばらく離れていると、父の記憶から遠のくかもしれないが、この一年、見ていてわかったのだが、忘れるわけではないようだ。きっとおお、めずらしいな、というような感じになるだろう。そうなってほしい。

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日記」カテゴリの記事

コメント

V.E.フランクルの「夜と霧」、「それでも人生にイエスを言う」から、アドラーに似たような感覚を受けたりしました。まったく心理学を勉強したことの無い者ですので、勝手な判断です。すいません。先生はフランクルについて、どのように思われているのかな、とふと思ってしまいました。

私の父も、アリセプトを服用しております。母が一緒に暮らしており、自分は自分の家庭もあったりして、先生のように、なかなか実家には行けていないです。親不孝のような気になるのですが、この不景気な中でのサラリーマンで、教育費のかかる子供もおり、日ごろ(平日)は忙しくしているため、なかなか思うような行動ができずにおります。半分は言い訳をしているのかもしれませんね。
不安の多くなっている世の中ですが、前向きに明るく生きようとすることが大切ですよね。

投稿: Endo | 2010年1月10日 (日) 20時48分

 僕はフランクルの著作を好きでたくさん読んできました。フランクルは、一時、アドラーから学んでいましたし、影響はかなり受けているように思います。
 時々でも、一緒に過ごされる時があれば、喜ばれると思います。僕は病気になって仕事を減らしたので、父と一緒に過ごすことができています。その分、外での仕事ができていないので、家族には迷惑をかけることにはなっていますが。

投稿: 岸見一郎 | 2010年1月11日 (月) 09時35分

 お忙しい中、コメントをして頂き、ありがとうございました。
 参考にさせて頂きます。
 なかなか先生のように達観できず、サラリーマンの中で、一歩踏み出せずにいる俗物な自分がまだまだあるようです。

投稿: Endo | 2010年1月11日 (月) 10時07分

 フランクルのような極限状況とはまた違いますが、死の淵から生還できたことは、その後の(もう4月で4年になります)人生を変えたように思います。あれから、好きなことというか、納得のいくことしかしないで生きてきたように思います。父の介護も。

投稿: 岸見一郎 | 2010年1月11日 (月) 21時09分

ありがとうございます。
自分は現在45歳(間もなく46歳)、社会人24年と言うことになりますが、なかなか自分自身に自信が得られない事、一方で、家族の生活を維持する必要もあり、好きなこと、納得のいくことに絞った生き方に到達することができないようです。

先生のご病気の話は、先ほど、闘病記のブログを拝見させていただきました。驚きました。また、自分も気をつけなければならない年代であるのだな、と思いました。
では、明日から好きなこと、納得のいくことに絞れるだろうか?。もしかしたら納得のいくことについては、ある程度できるかもしれません。少しずつでも見習うようにしたいと思います。
ありがとうございました。

投稿: Endo | 2010年1月11日 (月) 22時22分

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