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2009年12月 2日 (水)

深い霧の中に

meditating duck

 今日は近大姫路大学へ出講。早くも9回目。若くて元気な看護学生たちがどれくらい病気や死の問題に関心を持ってもらえるかわからない。身体のことなど少しも意識しなかったのに、身体が痛みや不安によって人を支配する状態へと移行することを病気だとすると、どんなふうになれば回復したといえるのかという問題へとつなげるべく、今回は病気になるというのはどういうことなのかについて講義した。症状がなくなることが必ずしも回復ではないだろう。父のことを考えた。この一年で父はずいぶん衰えたが、治癒が期待できないとされる認知症者にとって回復ということがあれば、どういうことを指して回復というのだろう。アリセプトを服用しても、顕著な効果があるとは思えない。記憶障害は進み、見当識障害はいよいよひどくなってきたが、元の状態に戻るという意味でなら回復はありえないことになる。
 青空の暖かい日になったが、僕が住んでいるところは地面が濡れるほどの濃霧だった。霧を見ると父の状態を連想してしまう。霧の外に世界があることもわからずに、深い霧に閉ざされているように見える。
 夕食を作ったが娘からはいらないというメール。妻はあいかわらず帰宅が遅い。早々に食べ終え、仕事中。

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