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2009年11月の記事

2009年11月30日 (月)

行ってらっしゃい

can't say farewell to you yet

 もうすっかり葉を落とした木もあるが、今年は紅葉の時期が長い。
 今住んでいるマンションはエレベータもあるが、ほとんど使うことはない。階段を使っている。階段を使う人は少ないが、上の階から朝階段をおりてきた高校生がいて、僕を追い越す時に挨拶してくれた。「行ってらっしゃい」と。こんな時はやはり「行ってきます」と返事するのだろうか、と思っているうちに、その高校生の姿が見えなくなった。
 毎日、長い時間、集中して仕事ができるようになった。

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「君は一体何を聞いていたのだね」

waiting for the coming of winter

 忙しい週末を過ごすことになった。別にどこかへ出かけたというわけでもなく、父もわりあい落ち着いてはいたのだが。もう何も考えられないほど、頭が疲れた気がする。
 よい知らせは、『アドラー心理学入門』が9刷が出ること。1999年に刊行してちょうど10年である。ロングセラーといっていいだろう。勤めていた医院を三月いっぱいで辞め、しばらく休もうと思っていた矢先、出版社からオファーがあって、引き受けた。徹夜の日が続いた。あの時から、一度も休んでいない気がする、とよく話していたものだが、三年前の心筋梗塞以来、ずっと休んでいる気がしないでもない。
 過日、JRの駅で「おはようございます」「ありがとうございます」という言葉を復唱している声が聞こえた。男性と女性か。朝の忙しい時に何をしていたのだろう、と気になる。その後、声は途切れた。上司らしき人が立っているのは見えた。その反対側に、今しがた大きな声を出していた人が立っているのではなかった。
 窓口は新人の職員がもたもたと切符を発行している。年配の男性がたまりかねていう。「君は一体何を聞いていたのだね」。忙しい時に、教育(というのか)をすることはないのに、と思った。ようやく順番がまわってきたが、電車の時間など一向に気にする様子もなく、ゆっくりと対応するので、イライラしてしった。
 写真はキセキレイ。また来年も蓮の花を見られますように。

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2009年11月27日 (金)

こないといってたから

like patterns on kimono

 紅葉のライトアップをしていると聞き、先週末、最終日に行ってきた。日の光のもとで見る方がきれいだと思ったが、これは着物の柄のように撮れた。
 夕方(26日)、父のところへ行ったら、ドアを開けようとした途端、誰や、と大きな声がして驚いた。「お前は今日はこないといってなかったか」。いってないし。そういえば、昨日、大学へ行く前に、今日はこないといった。それは事実で、ヘルパーさんがデイサービスから帰ってきた時に迎えてもらったのだった。しかし、それは昨日のことだ、という反論は父には意味がない。ともあれ、発言に気をつけなければ、父を不安にさせることになる。「こないといってたから、何を食べようか、と思ってたんだが」。この一年、父が自分で食事を用意したことはない。
 今日は朝、訪問看護。昼から、往診がある。一度帰ってきて、洗濯物を外に干す。ようやくこちらは霧が晴れた。

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2009年11月25日 (水)

詰め替え用は安いと思っていた

making the move to winter

 白鷺が飛ぶこの写真をtwitterで紹介したところ、たくさんの人にRT(メッセージの転送、コメントがつくこともある)された。 
http://twitter.com/kishimi
 いつも姫路駅で昼食をとる。同じ店にしか入らない。今日も同じ人を見かけた。60代後半くらいの女性で、分厚い英語のペーパーバックを読んでいる。先週からずいぶんと読み進んだ様子。仕事のためではなく、本を読めたらどんなに幸せか、と思う。
 帰り、スーパーで洗剤を買う。詰め替え用を買ったが、容器入りのと値段が同じであるのが解せない。そういえば、前に切らした時は、詰め替え用の方が高くて、容器入りの方を買ったのだった。
 レジで袋を辞退したら2円引きになる。「袋はどうしましょうか」とたずねられるのが一番抵抗がない。「袋はお持ちですか」と問われたら、困る。袋を持っていようといまいと、どうするかだけを問えばいいのではないか。

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大学へ出講

heavenly sunset

 23日の夕方、父の家の窓から撮った夕焼け。刻々と変化していくので、よしこれでオーケーと、電源をオフにしても、また撮りたくなるということを何度か繰り返して撮った中の一枚。
 今日は近大姫路大学へ出講。今回から三回は病気について話す。若い学生には実感するのが難しいかもしれない、と思った。それでも老いとは違って、病気には年齢に関係なく、誰でもなりうるので、その意味では先の話ではない。
 父はデイサービスへ。帰りはもうこちらには寄らない、と行ったら(ヘルパーさんに4時に迎えてもらって食事を出してもらうことになっている)、鍵はどうするのか、とたずねる。デイサービスもショートステイも今のところ強くは抵抗しないので助かっている。僕の都合だけで父に出かけてもらっているように思ってしまうが、一人でいられないのであるから、なんともしがたい。

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2009年11月24日 (火)

詩人? 哲学者?

meditative duck

 何かを一心に考えているように見えた。

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記憶の中の光景

My remembrance forever

 ショートステイから帰った父は二日間にあったことを何も話さない。翌日、月曜は義父らが父の家にある柿を取りに来訪。土曜日にも取ったが、まだ4分の1くらいだったようだ。5箱分の柿が取れた。
 今朝は、表情が乏しくほとんど話さない。今日は父のところまで三往復したら、15,000ほどの歩数になった。この頃は考えごとをしていることが多いので、歩くのが安全でいい。
 写真のこの道で毎年この時期に同じ場所から写真を撮っている。小学生の頃は通学路だった。もっと幼かった時に、母に手を引かれてこの坂道を歩いたというおぼろげな記憶がある。記憶の中の光景はモノクロだが、実際には、紅葉の季節にはこんなふうに色づくのか、といつも思う。母と歩いたのがいつの季節だったかは今となってはわからない。

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2009年11月22日 (日)

ここはどこですか、と

Reminds me of your tender fingers

 夕方、父を迎えに行った。既に日は落ち、冷たい雨が降っていた。常はもう寝ている時間である。車椅子で玄関まで出てきた父を車に乗せ、家まで送る。家は冷え切っていたこともあって、むこうは暖かかった、食事がおいしかった、と思いがけず、穏やかで安堵した。もっとも記録では、夜、「ここはどこですか。なぜ私はここにいたのですか」とたずねたと書いてあったのだが。すぐに寝室へ行き、着替え寝させて帰った。夜中に混乱しなければいいのだが。
 父がショートステイに行ってくれたので、朝、本当に久しぶりにゆっくりと寝ることができた。夜中に三度ほど目が覚める日が続いていた。疲れていたのだと思う。
 写真の月は先週の木曜日、父の家の窓から撮った。

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2009年11月21日 (土)

どう説明したらいいのか

No bird is an island ...

 父は朝からショートステイへ。前日も説明したが、朝になると忘れていた。泊まるのはいやだ、といい、緊迫した。「なんでいかなあかんのや」と問う。これに何と答えていいのかわからない。お願いだから、休ませてくれ、といいたいのだが。僕はいないから、それなら、なんか冷蔵庫に入っているだろ…本当に自分で食事を用意でき、服薬もできるのならいいのに、と思う。
 父を送り出してから、柿の取り入れ。去年、父がこちらに帰ってしばらくした頃、窓から柿がなっているのを見て、取りに行った父が転倒して、車で通りかかった人に助け起こされたことがあったことを思い出した。
 明日の朝はアラームをかけずに自然に目が覚めるまで寝たい。

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思い詰めてしまうと

welcome back

 鴨が戻ってきた。悠々と泳いでいるが、諍いも絶えない。望遠レンズがほしいと思う。長い時間のだろう、見ていたら身体が冷え切ってしまったが、時間を忘れられるのはありがたい。ヘルパーさんに任せて、昼間父の家以外の場所で過ごせるようになってきた。父が帰ってくる前のように、喫茶店でコンピュータを開いて仕事。
 土曜は読書会。父は一泊のショートステイ。「そんなん初めてやな」と思いがけず、嫌がらずよかった。
 どうすることもできないのだが、父が食事以外の時間に起きると、「中途半端な時間」だとまた寝に行くのがいやであることに気づいた。寝るんだったら帰るから、といったら、なんでや、という父。どうして寝ている父のために仕事をあきらめなければならないのか…こんなふうに思い詰めてしまうと、介護はつらいものになる。
 食事を出すと父は必ず「ありがとう」という。

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2009年11月18日 (水)

もしもこの場に娘がいれば

budged not an inch

 無事、近大姫路大学へ出講できた。朝、父はまだ寝ていて、起こしたら朝だとわからなかったようでひどく驚いていた。毎回綱渡りをしているようだが、無事、今日で7回講義をすることができた。綱渡りというのは、もちろん、僕の体調のことも含めていっている。
 このところ僕が作った夕食を僕は一人で食べ、他の家族は後で電子レンジで温めて食べる日が続き残念に思っている。今日は娘と一緒だったが、体調がよくない、とほとんど箸をつけなかった。
 今年教えている学生は大半が娘と同い年なので、もしもこの場に娘がいれば、理解できるだろうか、といつも考えながら話している。
 寒くなると鳥の写真を撮れるので楽しみだが、僕のカメラでは鳥でもかなり間近にいなければ撮れない。この青鷺は家のすぐ近くで撮った。

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2009年11月17日 (火)

もっとすることはあるのだが

Trees aflame with colored autumn leaves

 雨が降る寒い日になった。父はジャンパーを着て、足に毛布を巻いているが、セーターを着ないで靴下も履いてなかった。これからの季節、風邪を引かないように気をつけないといけないが、いつも見張っているわけにはいかない。夜、暖房が入ってない部屋にいかないようにいっておいても、ソファに置いておいた僕の本をテーブルに置いて読んだ(見た)あとがあった。指摘しても、知らん、と一蹴されるのだが。
 ヘルパーさんに任せていったん帰ったが、疲れていたのか、二時間近く寝てしまった。何度もアラームを止めた。昼寝をアラームで中断するのはつらいが、また父のところへ行くのでしかたがない。
 食事以外の時間に起きていてもしかたないといわんばかりに、「中途半端」な時間に起きてきた父はすぐにまた寝てしまう。ヘルパーさんや看護師さんは粘り強く話をしてくださるが、一眠りしたら、何もかも忘れてしまう。もっと話をしたり、父のために時間を割くべきだと思うのだが、この頃はことのほか忙しく、果たせていない。この頃は父が声を荒立てることはなくなったが、気色ばむというほどではないが、深いな表情をする(させてしまうというべきか)ことがある。
 今日は明日の講義の準備。一度帰ったのは、講義資料をメールで送るためでもあった。明日も何事もなく、姫路に行けますように。

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訪問看護実習、ショートステイ

Sitting on Buddaha's seat

 ホトケノザがこんな季節に咲いているのはあまりに早すぎると思ったが、昨年も同じ頃に撮っていることがわかった。前日のベニシジミといい、寒い朝、震えているように見えた。
 訪問看護の実習に学生が看護師に同行。今年僕が教えた学生とも来年実習の時に再会できるだろうか、と思った。そのためにはその時も父が元気でいることが必要だが、遠い未来のことのように思う。
 週末は父はショートステイ。僕が検査入院をすることになった時、利用しなければならないので、その時になってすぐにというわけにいかないので、調子がいい今行ってもらうことにした。まだ話せてない。

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2009年11月16日 (月)

火の粉のように

like a sparkle

 今日は朝から父のところで腰を据えて仕事。父は食事以外の時間はほとんど寝ていた。夜は帰るので実際のところはわからないのだが、昼夜逆転しているというより、昼も夜も寝ているようである。今日は目の異常を訴える。緊急のことではないので、月曜に看護師さんにたずねるようにいう。訪問看護はありがたい。父は、看護師さんと話をしていても、まったくそのことを覚えていないので、代わりにあれこれと質問することになる。
 川岸を歩いていたらベニシジミを見かけた。闇の中を蛍、火の粉のようにこの蝶が飛ぶ様を見ているとシャッターを押すのを忘れてしまっていた。かなり弱っていた。冬を越すことはできないかもしれない。儚い命。

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2009年11月15日 (日)

また明日から

from autumn to winter

 父をデイサービスに送り出して家に帰ったら、急に疲れが出たというか、緊張が解けたというか、起き上がれなくなった。また明日から頑張ろう。

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2009年11月13日 (金)

今から思えば

hope they are doing well

 冷たい雨が降り出した。実際にはそれほど寒いというほどのことはないのだろうが、ヘルパーさんに父を任せていったん帰ってきた。父の介護をしてくださる人たちは皆プロで長年仕事をされているので安心していればいいのに、いろいろと口出ししてしまう。
 一年経った今振り返ると、たくさん失敗してきた。父がこちらに戻ってきた時に今から思えば、僕が思うほどにはいろいろなことが既にできなかったはずなのに、できると思っていて危ない目にあわせてしまった。あわせそうになったというべきか。父は今も「自分では何でもできると思っている」という。まわりの支えがあってこそこう思えるのだが、目が届かない時に何でもできる、と父が思って危ない目にあわないか心配である。
 先月から大学に出講するようになって生活が一変したが(その前の月までも高校の看護科に出講していたが、こちらはそれほど遠くはなかった)、仕事にも前よりは時間を割けるようになったのはありがたい。

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2009年11月11日 (水)

今日は何を教えてくれるんですか、と

dreamlike ancient city of Japan

 朝、大学に出講前に父のところに行ったら、二箇所で雨漏りしていた。幸い父は気づいてなかった。雑巾で拭いたが、時間がなかった。父をデイサービスに送り出して姫路に向かう。
 大学に着くと、ちょうど食堂から出てきた学生に会う。「先生、今日は何を教えてくれるんですか」という問いは新鮮だった。
 先週、帰りに撮った東寺の写真。もうすぐ京都駅に列車が入ろうとする時に、東寺がこんなふうに見える。動いている車内から撮るのは思いの外難しい。iPhoneで撮った。

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本の重み

Winter is right around the corner

 今日ははりきって早々に明日の講義準備をすました。その後は目下取り組んでいる原稿の一つを最後まで書ききった。もちろん、まだ完成したわけではないのだが、プリントアウトしたら、ずっしりと重く少し気分がよくなった。
 池澤夏樹がKindle(電子ブック)を高く評価していたのが注意を引いた。コンテントの不備が問題であるのは同感。僕も読みたいと思う「近過去」の本はたしかに手に入らないことがある。Kindle Bookとして手に入らないこともあるが、Kindle Bookとして出ているのに日本からダウンロードできないことがある。iTunesのサービスが始まった頃のようだ。Kindleで読む本には重みがない。

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2009年11月 9日 (月)

変われるものだ

autumnal colors

 日が暮れるのが早い。父のところから帰る時、ゴミ袋を持っている人を見かけた。今日が収集日だったので、ゴミを出されたら木曜まで置きっぱなしになり、カラスに狙われるのは明らかである。一瞬、迷ったが声をかけた。収集の日はご存じでしょうか、と。知らないという答え。ヘルパーさんだという。頼まれたのです、ゴミを出してきてほしい、と。頼まれたから、と収集日に出していいのか、と思ってみたり、でも、収集日にヘルパーさんがくるとは限らないということもあるだろう、と思ってみたり。このゴミのことでは、ここに詳細に書くようなことではないので書かないが、先週来市役所などに電話をかけている。電話したり、知らない人に声をかけることは苦手なのだが、この一年、頑張っている。父の介護のことで電話も頻繁にするようになった。
 いよいよ日が暮れた。踏切で止められた。三本も電車が通過するのを待った。待っている間に家に帰れるのではないか、と思った。複線電化の影響。

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2009年11月 8日 (日)

もうずいぶん前のことかと

enjoyed beautiful autumn day fully

 紅葉は進んでいる。まだ銀杏は黄葉していない。昼と夜の寒暖差があって、冷え込むと紅葉がきれいになると聞くが今年はどうか。これは土曜日に撮った。この日は父はデイサービスに行っていた。出かける時、あまり行きたくないなあ、といつもいうので気にかかるが、その間、仕事をしたり、出かけられるので助かるというのは本当である。
 今日は散髪にきてもらった。10時に予約を入れたので、いつもなら朝食後すぐに寝るのに、寝ようとしなかった。うんと短くしてください、と注文をつける。散髪後も寝ないで、日だまりに椅子を移し、外を眺める。時折、通りかかる子どもを見て、嬉しそうに笑う。
 昼食後はさすがに疲れたのか眠ってしまい、次に夕方起きてきた時には、父の中で何日も日が経っていたようだ。髪の毛が短く刈り込まれているので散髪したことを忘れることはなかったが、「そうか、今日だったのか、〔散髪したのは〕もうずいぶん前のことだと思っていた」と父。ともあれ懸案の散髪問題が解決してよかった。これで当面散髪に行ってくる、とはいわないだろう。
 この頃の父は本当に穏やかなのだが、いつなんどきまた前のように大きな声で叱られるのではないかという思いから抜け出せない。

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2009年11月 7日 (土)

だからこそ

A year has passed]

 父の家の前に咲く山茶花。ちょうど一年前に父が帰ってきた時も咲いていて写真を撮った。このブログに載せている写真はFlickrに載せたものからリンクしているが、去年の11月にはこんなことをキャプションに書いた。
 「いつも父のところに行って、できるだけ長く父と一緒にいるようにしている。父はしたことを長くはっきりと記憶にとどめることができないようだ。それにもかかわらず、あるいは、むしろだからこそ、父は覚えていないかもしれないが、父といい時間を過ごすことが重要だと今は考えている」
 一年経っても同じ思いである。症状はかなり進んでいる。「私は何でも自分でできると思っている」と今朝、父はいう。実際にはそんなことはないのだが、できない、と思っているよりは、父にとってはいいことかもしれない、とも思った。

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2009年11月 6日 (金)

答えは出ない

a sign of life

 ようやく一段落ついた。実のところ、仕事は振り出しに戻った感がある。校正刷が届いたことは先に書いた。仕事ができるのは嬉しい。父がこちらに戻ってから一年。体調を崩して年末に入院、二ヶ月後退院したのが三月で、それからが混沌とした状況の中に父も僕もあったが、身体の調子は落ち着き、最近は、一時の混乱はややましで、それに伴って少し外での仕事もできるようになった。主治医、ケアマネージャー、ヘルパー、看護師、デイサービスのスタッフの尽力があって初めて可能になったのだが。やっと一年だが、本当に寒い冬は入院していたので、この冬は何事もなければ、寒い家で父は過ごすことになる。父が「寝てくるわ」というので「じゃ、僕は帰るから」というと「なんで」と返されて困惑するというようなことはたびたびある。
 大学時代の友人は忽然と逝ってしまった。僕も三年前に同じ運命をたどるところだった。彼女はいなくなり、僕はこの世に残された。なぜ? そう考えても答えが出るはずもない。
 写真はウラナミシジミ。父の家の近くで。

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2009年11月 5日 (木)

失敗を怖れない

失敗を怖れない
 以前、ある大学で古代ギリシア語を教えていました。ギリシア語は難しい言語なので、初学者が間違っても少しも恥ずかしくはないのですが、この大学に入ってくる優秀な学生は、それまでわからないとか、できないという経験をしたことがなかったので、「わかりません」と素直にいえないということがありました。その一言がいえないばかりに、当てられても答えなかったり、講義に出てこなくなるのです。
 自分が他の人よりも劣っているのではないか。このように感じることを、アドラーは劣等感といっていますが、劣等感は、あくまでも自分が劣っているという「感じ」であって、実際に劣っているということではありません。ですから、誰から見ても美人と思える人が、自分の器量について悩んだり、実際には誰よりも勉強がよくできるのに、できないと思っているということがあります。秀才は失敗と、失敗することをことのほか怖れるように見えます。
 勉強については、その責任を取るのは子どもなのですから、親は、本来的には、子どもの勉強に手出しも口出しもできませんが、子どもが誤ること、失敗することを怖れないように援助することはできます。ところが、親は不用意に子どもの勉強に介入して、子どもの意欲をそいでしまいます。
 勉強はただ自分のためではなく、社会の役に立つためにするもので、自己満足のためにするものではありません。ところが、ほめられた子どもは、次もいい成績を取らないといけない、とプレッシャーを感じ、悪い成績を取って叱られた子どもは、次は叱られることがないように、どんな手段を使ってでもいい成績を取ろうとし、ただ結果を出すことに汲々とし、学ぶ喜びはさることながら、そもそも勉強の理解にもほど遠いことになりかねません。勉強することそれ自体よりも、親からどう思われるかばかりを気にする子どもは、結局のところ、自分のことにしか関心がないのであり、思うような成果が出せないのであれば、初めから課題に取り組まなかったり、勉強するとしても、自分のことしか考えていないので、苦しければたちまち勉強を放棄しかねません。
 間違うこと、失敗することは誰にもあります。大切なことは失敗から学ぶことです。失敗することからしか学べないといっていいくらいです。思うような結果を出せなくて落ち込んでいる子どもには不用意に声をかけないのがいいでしょう。落ち込みは子どもが自分で解決するしかないからです。「つらそうだね」と声をかけると、親に慰めてもらわないと立ち直れないと思うようになるかもしれません。もちろん、落ち込んでいる子どもに追い打ちをかけるようなことをいうことは、子どもの勇気をくじくことになり、いよいよ自分に与えられた課題に挑戦しなくなるでしょう。
 たとえ、課題を完全に解決できないとしても、できるところから少しでも取り組んでいける子どもになってほしいからです。そのためには、勇気が要ります。アドラーはその勇気を「不完全である勇気」「失敗する勇気」「誤っていることを認める勇気」と呼びました。このような勇気が必要なのは勉強だけではなく、この人生を生き抜くために必要であることはいうまでもありません。

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突然逝った人

 4日は近大姫路大学で講義。先週末来忙しくしていて、たびたび日記の更新が止まり、メールの返事が遅くなってしまっている。今、書いている原稿の一部を編集者に送ることになったり、1月に出版予定の本の校正刷が送られていたり、用事が集中することが時々ある。僕には本務校はなく、目下、近大姫路大学に週に一度教えにくることだけが外での仕事である、といったら学生は驚いていたが、後は父の介護だけなのに、一日が仕事で埋まってしまう。
 出講前に書店に立ち寄る。今日は堀江敏幸の新刊、『正弦曲線』(中央公論新社)が出たのを知っていたのでそれを手に入れようと楽しみにしていた。もう一冊『澁澤龍彦との日々』(澁澤龍子、白水社)もメモに署名を控えておいた。こちらは去年出した『アドラーに学ぶ』(近大姫路大学で生命倫理のテキストにしている)の中で、澁澤龍彦の『高丘親王航海記』を取り上げからである。あとがきを堀江が書いていたのには驚いた。
 大学時代の同級生が亡くなったことを知った。うかつなことに今日葬式が僕の家のすぐ近くで執り行われたというのに知らなかった。クモ膜下出血だったという。若い頃から風格があり、落ち着いた感じの美しい人だった。その後も何度か会って話をしたことがある。若くして突然逝ってしまった人のことを思い出すが、言葉にならない。

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2009年11月 2日 (月)

締切ばかり

refreshing atutumn chill

 昨日は暑いと思ったほどだったのに、今日は天候が目まぐるしく変わる荒れ模様だった。僕は平気なのだが、父が心配。寒いというので、いつものようにエアコンを入れ、さらにあんかをセットして帰ったが、電気毛布を出すべきだったかもしれない。古い木造の家は寒い。家の中で風が吹く。父のところから帰ると、こちらはマンションなので暖かい。父が寒さに弱いのは去年の経験で知っている。今年はどう乗り切ったらいいものやら。
 木曜の夜から急ぎの仕事。書き終えたところまで朝原稿を送ったが、まだ余波が続いていて、書くのを止められない。
 最近、吉田篤弘の本を集中的に読んでいる。『空ばかり見ていた』(文春文庫)を半分ほど(今まで読んだ中ではベストか)。堀江敏幸の新しいエッセイが出たことを新聞で読む。近くに大きな書店がなくても、前はamazonに注文してすぐ手に入れられたのに、今は昼間父のところにいるので、宅急便を受け取るのが難しい。amazonの本を扱っているところは、6時までに再配達の依頼をしなければその日のうちに受け取れない。6時に帰るのは難しい。
 4日に締切の雑誌原稿(4日締切というのはなんともいえない気になる。3日の休みは仕事せよ、といわれているような。もちろん、ずっと前に書き終えていればこんなことを思わないだろうが)。5日の講義準備。

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