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2009年10月28日 (水)

さて何を話そうか

A part of the whole

 この頃、夜中に何度も目を覚ます。しあわせな気分で目が覚めることもあるのだが。三日間、講演、対談をした吃音ショートコースの夢を見た。今度は冬に温泉でやりましょうという話になって、それはさぞかし楽しいだろうな、でも…とふと、ああでも父をどうすればいいのだろう、と思った途端目が覚めた。
 金曜の保育所で講演がすめば、今年はもう外での仕事はない(大学の講義以外という意味である)。
 論文を書く時は時計を見ない、という友人がいたが、いつも時間に追われ、細切れにしか仕事ができない。死の淵を歩いたことを思えば、何を贅沢なことをいっているのか、と思うのだが。
 水曜は姫路に行く。姫路駅で常はめったにいけない書店(大きな書店)に寄れることが楽しみの一つになっている。明日は、と書こうと思ったら、日が変わっていた。今日はどんな話をしようか。当然、準備をしていくが、その時にならないと何を話すかわからないこともある。

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コメント

ヒメジオンでしょうか?小さな花に小さな蝶、
やさしい色のコントラストですね。
先日、重松清の「きよしこ」を読みました。
彼自身の吃音のための幼少期のコンプレックスの
話の中に「か、さ、た」行が苦手なので
自己紹介が苦手だったり、
「これが欲しい」とリクエストができなかったりした。
何を話すにも一音目に苦手な言葉がないか考えていた。
ことが書いてありました。
私は吃音は話し始めがすべてどもる、
と思っていたので驚きました。
吃音はなくても言いたいことが言えない、
そもそも何が言いたいのか、言うべきなのか
自分でもよくわからない私も
彼のもどかしい思いに胸が痛みました。
息子が吃音のために引きこもりがちなことを気にした、あるおかあさんが、
重松さんに「吃音なんかに負けるなと励ましてほしい」と
送ったファンレターの返事のかわりに書かれた話は重く、強い話でした。
ところで、タイトルの「きよしこ」はクリスマスソングの
「きよし、この夜」を「きよしこ、の夜」と聞き間違えて
いつか「きよしこ」と友達になれる、
と思い込んだところからつけられたそうです。
私も本屋で気になってはいても長編過ぎて
読む気にならなかった本、
「永遠の仔」の天童荒太と重松清を混同して
「彫刻の装丁の本の人の著作」だ、
と勘違いして借りた本がきっかけで
彼の作品を時々読むようになったので
この本で余計に親近感を感じました。

投稿: ちばちゃん | 2009年10月31日 (土) 18時08分

 紫苑草ではないかと思います。背景の黒にはえて気に入っています。
 重松さんの本は、過日講演に呼んでくださった伊藤伸二先生の本の中に言及してあり、重松さんも寄稿されているので読まなくては、と思っていながら、時間を取れませんでした。昨日の夜、思い立って買いにいきました。
 吃音ショートコースでお会いした人たちのことを強く思い出します。講演もですが、休み時間や食事の時、その後に、長く話をしました。真摯な一言一言に胸に打たれました。
 

投稿: 岸見一郎 | 2009年11月 1日 (日) 10時35分

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