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2009年10月24日 (土)

大阪で講演

 今日は大阪音楽大学付属幼稚園で講演。125人の親が参加され、盛況な講演会になった。1時間半と30分の質疑応答では話し尽くすことはできなかったが、育児を振り返る機会にはなったかと思う。
 話せなかったことの一つは、子どもに自分のことを好きになってほしいという話をしたのだが、それは他の人に役立てているという感覚から得られるということ。「ありがとう」という言葉をかけるのは、次も適切な行動をしてほしいと思ってのことではなくて(そういう親の下心はすぐに子どもに見抜かれる)、子どもが貢献感を持てるようにである。親が貢献に注目することで、子どもが貢献感を持ち、自分をよしと思えるようになれば、親の目から見てわざわざ問題があると思える行動をする必要を感じなくなるだろう。
 今月は講演の機会があるのと、講義に毎週姫路に行き始めたので外に行くことが多い。それに伴って、たくさんの人と話ができることが本当に嬉しい。

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日記」カテゴリの記事

コメント

先生こんばんは

今日、音楽幼稚園での講義に参加させていただきました。
幼稚園の参加行事だからいかねば・・・
と講義内容のプリントに目を通すことなく
幼稚園入口に飾られた写真を見ることを楽しみに
参加したのですが(スミマセン)
こんなに楽しいお話だとは!!
本当に楽しかったです。
先生、今日は子供を叱りませんでしたよ!
歯磨きが大嫌いの子供と毎日イライラ喧嘩ばかりなのですが、今日は「歯磨きしてくれたら嬉しいで~す」
と挑みました。嬉しいで~すと言ってる自分が面白く
ニヤニヤしている私、子供はどう思ったでしょう
子供はいつもの調子でしたが、私はとても楽しかったです!

子供が私の顔色を見ていることに悩んでいました。
私が怒ると、お母さん僕のこと好き?僕が居ないと寂しい?と聞いてきたりします。
今日は先生にお会いできてよかったです。
これからは、嬉しいで~すと毎日ニヤニヤ過ごせるようにしたいです。
ありがとうございました。


投稿: コッコ | 2009年10月24日 (土) 21時50分

 さっそくありがとうございました。今日は最初に園長先生から研修会という言葉を聞き、驚いてしました。そうか、今日は研修なのだ、と…。脱線に脱線を重ね、いつのまにかどこが本筋かわからない、アラビアンナイトのような話をしてみたいものだと常々思っています。楽しんでもらえたとしたら嬉しいです。
 コッコさんが「ニヤニヤ」して毎日を過ごされるようになったら、息子さんが僕のこと好き、とたずねられなくなると思います。怒った瞬間、たしかに息子さんが感じ取られているように、愛情は消えてしまっているのです。
 経過報告お待ちしています。

投稿: 岸見一郎 | 2009年10月24日 (土) 21時59分

私も研修会に参加させていただいた者です。先生のお話を伺って色々考えました。「褒めない」というお話は衝撃的でした。褒めないで認めるというのはすごくよく解ります。私も対等な立場の方からは、「認めて」ほしいです。「褒めて」もらったら、下にみられていると感じておもしろくないと思います。でも、自分が尊敬していたり、上の立場の方だと思っている方からは、もちろん「認めて」もらうのも嬉しいですが、「褒められる」のも嬉しいと思うんです。会社で上司に褒められたとか、習い事の先生に褒められたとか・・・素直に嬉しいです。そして、褒めてほしいからさらに頑張るのではなく、自分の達成感や更なる飛躍のために頑張ろうと思います。
親子の関係は、対等でもあり、時には人生の先輩として尊敬されたり、と様々だと思ってました。常に対等であるべきなんでしょうか?
私も昨日は「ママは怒りません」宣言をし、今日も怒らないで過ごせました。怒るというのがどれだけパワーがいるか解りました。今日はいつもより疲れませんでした。でも、怒るのをやめるのより、褒めるのをやめる方が難しいとも解りました。かわりに「ありがとう」や「助かるわ」と言い換えても、やはり難しいですね。でも、こんなに「ありがとう」を言ったのは結婚式以来かもしれません(^^)v

投稿: まるく | 2009年10月25日 (日) 21時44分

まるくさん
 歴史的な日だったのですね。
 常に対等でありたいと思っています。尊敬する、されることと対等は両立しますよ。
 よその子はほめてもいいのか、とか、(自分の子どもについて)いつまでほめていいのか、とたずねられることがありますが、誰にも、生まれてからすぐにほめないでほしいのです。
 子どもにありがとうと声をかけるのは、子どもを「認める」ためではありません。子どもが、最終的には誰にも声をかけられなくても、見られていなくても、自分の行為それ自体で貢献感を持てる援助をしたいのです。
 しばらくお続けになって子どもさんの変化に注目されますように。
 

投稿: 岸見一郎 | 2009年10月25日 (日) 21時53分

 書き落としましたが、友達を尊敬できますし、子どもも尊敬できます。僕は僕の息子を尊敬しています。でも、彼は僕の上でも下でもなく、対等の関係です。

投稿: 岸見一郎 | 2009年10月25日 (日) 22時16分

私も先日に講演を聞いてから 怒らずに過ごせるようになりました。ありがとうございます!!!
怒らないで済むと本当に楽です♪

失礼なことに 何の期待もなく参加したのですが、気がつけば必死にメモをとっていました。

子供を怒りすぎる事を悩んでいたので、先生のお話を拝聴できる機会に恵まれてすごくラッキーでした。
あきらかに私に不信感を抱き距離をとり始めていた娘が、近くに戻ってきてくれた気がします。

これからも先生のお話をこころにとめて 子育て頑張っていきたいと思います!
本当に素晴らしいお話をありがとうございました!!

投稿: | 2009年10月26日 (月) 20時03分

 期待せずに聞かれたから、よかったのかもしれません。学校の先生の研修会で、昔、先生が今日は寝るぞ、といってられたので、寝させてなるものか、とはりきりました。
 前はなんであんなに怒ってたんだろう、と思うほど、怒らなくなると、怒っていた時のことが思い出せなくなります。
 距離が近くないと子どもの援助はできません。どうぞ、いい関係をお続けください。

投稿: 岸見一郎 | 2009年10月26日 (月) 21時18分

私も先日研修会に参加させていただいた保護者です。
私にとって大切な出会いのようなお話でとてもよかったです。ありがとうございました。
みなさんと同じく、「ほめない!」は私にとっても衝撃的で身体にしっくりこないまま講演は終わったのですが、先生のブログの過去記事を読んだりするうちに少しだけ心が納得して来ました。また「子どもの課題に土足で踏み込まない」というお話も、子どもの為にと思ってやって来たけれどなんか違うとモヤモヤしていたことに、一本筋を通してくれたようですっきりしました。
私は仕事柄、子育てに悩む親子に会う機会が多いので、「こんなお話を聞きました」と今回のお話を少しでも伝えられたらと思います。
ありがとうございました。
出来ることから少しづつ日々実践しこれからも子ども達を見守っていきたいと思います。

投稿: ふわはね | 2009年10月27日 (火) 23時06分

ふわはねさん
 子どもたちはまだまだ大人の援助を必要としていますが、手続きを踏まないと、われわれもまた土足で自分の課題に踏み込まれたらいやなように、子どもたちも反発してしまい、結果として、子どもを援助できないことになってしまいます。
 ほめないで貢献に注目するということは言葉としては理解していただけたのではないかと思います。身体にしっくりくるまでに時間はかかるかもしれませんが、一度わかれば二度と子どもをほめることはできなくなると思います。

投稿: 岸見一郎 | 2009年10月27日 (火) 23時15分

先生こんにちは。
先日の講演(研修)に参加させていただいて大変衝撃を受けました。目からうろこです。
保護者の方からの質問に対し、いままでがあるから反省もできこれからに活かしていける、後ろを振り返らず、体ごと前を向いて!というお言葉もとても優しく心に響き、年柄も無く少し泣いてしまいました。
先生のブログを拝見し、死の淵から生還されたことを知りました。病を乗り越えられ、こうしてご縁があったことに本当に感謝しております。ありがとうございました。

講演に参加し、帰宅してから今日まで、息子二人をそれぞれ1回しか叱っていません。(1回叱ってしまいました、ではなく。)
不思議なことに、今まで見過ごしてきたであろう、息子の性格がとてもよくわかるようになりました。今までなら叱っていた良くない事、をしているときに私の表情をチラチラと見ている小1の長男、何をしていようと顔色を伺うことなく堂々としている年少の次男。
なぜそんなに違うのかわかりませんが、私にしてみればまず、違いを発見できたことが大収穫でした。そして息子たちを叱らないことで私が癒され子供が愛しくてたまらなくなっています。

それから数日、長男は叱られないとわかると、一時、宿題をしなくなり風呂もなかなか入らず、ゲームとテレビはし放題、。でしたが、2日前から宿題を始め風呂にもすんなり入り、若干、弟に優しくなりました。
次男は全く変化が無く、良くない事を堂々とやっております。
なぜだかよくわかりませんが、もしかしたら無意識に長男ばかり叱っていたということかもしれません。それも新しい発見です。

ただ、共有スペースを気がついた人が片付ける、ということについて主人と意見が食い違って困っております。「自分のおもちゃは片付けさせるべき、そうしないといつでも親が片付けてくれるからいいや、と思い、いつまでたっても貢献する気持ちになんかならん。」
と言っております。
夫婦で方針が違っては子供が迷うし、それこそ相手によって違う行動をするようになってしまうのでは困ります。
私だけでも貢献する姿を見せていったほうがいいのか、どちらがよいのでしょうか。

投稿: すだち | 2009年10月30日 (金) 14時58分

すだちさん
 感情的になって冷静さを失っている時は、子どもの表情に気がつけないように思います。冷静になると(親も子どもも)次にどうすればいいか、見えてくるでしょう。
 さておたずねの件ですが、夫婦で方針が違っていていいと思うのです。子どもが選びます。それと、育児方針に限りませんが、考えが違う時に親がどんなふうに考えの違いを調整しているかということを学んでほしいのです。
 片付け「させる」のではなく、子どもが自発的に片付けるようになってほしいと思います。しばらく様子を見てください。

投稿: 岸見一郎 | 2009年10月30日 (金) 23時19分

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