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2009年10月の記事

2009年10月31日 (土)

休日

floating fall

 今月の土曜日はずっと何かしら仕事があったが、久しぶりに何もない休日を過ごそうと、父をデイサービスに送り出してから考えたが、結局、少し日頃の睡眠不足を取り返した後は、急ぎの原稿書きに追われた。
 それでも、近くの植物園に行くことができてよかった。病気になってから行くようになった植物園だが、最初の頃は園内を歩くだけでたいへんだったから、今では階段をかけあがっていることに思い当たって、元気になったものだ、と感慨深かった。

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今年最後の講演

now I have you

 30日は京都の鏡山保育所で講演。先週の土曜日に育児の講演をしたばかりなので同じ話をすればいいようなものだが、こられている人を見ると、話は違った展開になる。同じ行為の適切な面に注目することが、その同じ行為の不適切な面に注目しなくなることになるような注目をするという話。自分が人の役に立てると思えたら自分が好きになれる、その援助をしたいという話などなど。
 講演前に書店に立ち寄る。竹内敏晴の『「出会う」ということ』(藤原書店)。過日、僕が講義をした吃音ショートコースの講師をされたということを知っていたこともあって、新聞に載った訃報はすぐに目に止まった。
 あとがきに次のように書いてある。
 「ここに収録した文章には、今の時点でまだ書き足らないことや、書き直したいことがある。しかし今わたしは病床にあり、それをすることができない。やむをえずこのまま出版へと踏み切らざるをえないことをお許しいただきたい。(編集部もこのことを了解している)。
 日付は2009年9月5日。亡くなられたのは二日後の9月7日だった。
 昨夜はめずらしく朝まで一度も目を覚ますことなく眠れた。

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2009年10月30日 (金)

10月が終わる

ready to take off

 今月はおそらくこの一年で一番忙しかったと思う。多忙は理由にならないが、たくさんの人に迷惑をかけてしまって猛省。明日は、保育所で講演。育児の話をするのはいつも楽しい。大変だが、深刻さから脱却できる援助ができたらと思う。僕自身の育児はもうはるか遠い昔のことになった。
 『明日の記憶』(荻原浩、光文社文庫)を読む。訪問看護にこられた看護師さんはテレビでこの本が原作の映画を見たということで、少し話をした。父は、物忘れがひどくなかったから、とこの本の主人公のようにメモを取るというような努力はしなかったように思う。僕や他の家族が食事やしたことを記録するようにと勧め、それにしたがっていたのは、ごくわずかな間だけだった。忘れることに危機感は今はないように見える。話していたのならちゃんと起きていたのだ。でも、忘れただけだ、と父はいうのだが、今日は朝食も昼食も食べていないといい困ってしまった。介護こそ、深刻でないものにできないかと考えている。親の介護は夫婦の介護より難しいのではないか。夫婦の場合も、介護が必要になる前までの関係が問題ではあるが。
 今日は原稿を書きあぐねていたが、夕方からずっと書き続けている。娘が夕食を作ってくれたので助かった。

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2009年10月28日 (水)

何も知らなかった

 今日は近大姫路大学で講義。わずかにある講演を別にすれば、9月まではカタリナ高校、10月からは近大姫路大学での講義だけが外での仕事である。その話を講義中したら学生が驚いていた。後の日は父の介護をしながら、原稿を書いている。子どもたちがまだ小さくて、毎日保育園に送り迎えをしていた時と同じような毎日を送っている。
 大学は遠く、一時間半の講義のために6時間かけての通勤は楽ではない。講義は楽しい。家に帰って体重計に乗ると、体脂肪率が10.5だった。バイパス手術の時に胸骨を止めたワイヤーの突起がことのほか今日は気にかかる。痛みがあるわけではないのだが。手術を受けた翌月の日記に「胸に鎧のような厚い金属の板が入っているような気がする」と書いていた。あの頃は「板」だったのだが、今は違う。主治医の説明では、心臓からも遠く、ワイヤーが皮膚を突き破ったとか感染したというケースを聞いたことがないということなのだが。
 帰りのスクールバスでiPhoneを使っていたら学生に話しかけられる。今し方講義をした学生はまだ学校にいるはずなので、去年教えた学生かたずねた。学生の方も僕のことがわかっていなかったのかもしれないのだが、少し話したらふと名前を思い出せた。
 父は今日はデイサービスに行き、4時に帰った時にヘルパーさんが迎え、夕食をし、その後、寝るところまで見届けてもらう。子どもの頃、祖母が今の父と同じ病気で寝たきりになったことをよく思い出す。母が仕事を辞めて介護をしていたが、祖母が亡くなるまで一度も部屋に入ることはなかった。母は介護の苦労について多くを語らなかったが、今になってそれがどれほど大変だったかがわかる。

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さて何を話そうか

A part of the whole

 この頃、夜中に何度も目を覚ます。しあわせな気分で目が覚めることもあるのだが。三日間、講演、対談をした吃音ショートコースの夢を見た。今度は冬に温泉でやりましょうという話になって、それはさぞかし楽しいだろうな、でも…とふと、ああでも父をどうすればいいのだろう、と思った途端目が覚めた。
 金曜の保育所で講演がすめば、今年はもう外での仕事はない(大学の講義以外という意味である)。
 論文を書く時は時計を見ない、という友人がいたが、いつも時間に追われ、細切れにしか仕事ができない。死の淵を歩いたことを思えば、何を贅沢なことをいっているのか、と思うのだが。
 水曜は姫路に行く。姫路駅で常はめったにいけない書店(大きな書店)に寄れることが楽しみの一つになっている。明日は、と書こうと思ったら、日が変わっていた。今日はどんな話をしようか。当然、準備をしていくが、その時にならないと何を話すかわからないこともある。

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2009年10月26日 (月)

昨日の晩から

creeping winter

 今日は第一日赤受診。前回、8月の終わりに行った時、既に玄関に掲示が出ていたが、インフルエンザ対策で家族以外の面会謝絶が続いている。予約は11時だが、採血と心電図の検査があるため早く行ったが、結局、12時前になってようやく順番がまわってきた。8時半に父を家に残し、出かける。病院に行く、といっても、父は、はい、行ってらっしゃい、としかいってくれない。心配させる必要はもちろんないのだが、病気のことを覚えていなくても、どうしたんだくらいいってほしい、と思ってしまう。
 採血と心電図の検査をした。肝臓の数値がよくないのが気になるが、コレステロールや中性脂肪の値は、食事と薬で改善してきた。運動も含めていいと思うが、父のところにずっといると運動不足になる。最近は平均すると一万歩は歩いているが。
 「お腹が減ったから、夕食を早くしてくれないか」と父がいう。「昨日の晩からご飯食べてへんのや」。そんなことはありえないのだが、食べたことを忘れてしまう父が怒らないでこんなふうにいえることに驚く。毎日、三食を用意するのが大変なので忘れるなよな、といってみたくもなるのだが。

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2009年10月25日 (日)

逆向きではあるが

 昨日の講演で十分話せなかったことの続き。他者は「仲間」(アドラーが使う言葉)であると思えなければ、子どもは他者に役立とうとは思わない。世の中に怖い人がいるとしても、すべての人がそうであるわけではなく、ほとんどの人が必要があれば援助する用意がある仲間であることを、まず親が子どもに教えたい。叱ることの問題は、子どもが自分を叱る親を仲間だとは思えなくさせることにある。
 小さな子どもたちや育児の真っ最中の若い人たちを見ていたら、僕が子どもたちを保育園に送り迎えしていた時のことがついこの間のことのように思い出された。講演の時に父の話をしながら、僕が子どもだった時のことも思い出した。今は父の介護をしていて逆向きの育児をしている気がするという話をしたけれども、子どもの場合、今日できないことも明日はできるだろうといってみても(父の場合は今日できることが明日はできなくなるかもしれない)、明日のことを考える余裕もなく、その日その日を乗り切るのが精一杯だったという意味では、今も育児に明け暮れていた時と同じく、明日が問題にならない(あるいは、できない)日々を送っているともいえる。父は必ずしも悪くなる一方ではないのだが、たとえよくはならないと決まっているとしても、そういうことすら問題にならないように日々過ごせればと思っている。振り返ればずいぶん遠くまできたものだ。
 明日は僕の受診日。昼食時に帰れないので、ヘルパーさんにきてもらう日を変更してもらわなければならなかった。バイパス手術をしたので、もう長く検査入院をしないですんでいるが、入院の話が出た時はどうすればいいのか。入院でなくても、僕がインフルエンザにかかればどうなるのか。看護師さんやヘルパーさんに全面的に頼れるはずもなく、代わりがいない介護はいつも危うい。ともあれ僕自身の健康には気をつけなければならない。

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2009年10月24日 (土)

大阪で講演

 今日は大阪音楽大学付属幼稚園で講演。125人の親が参加され、盛況な講演会になった。1時間半と30分の質疑応答では話し尽くすことはできなかったが、育児を振り返る機会にはなったかと思う。
 話せなかったことの一つは、子どもに自分のことを好きになってほしいという話をしたのだが、それは他の人に役立てているという感覚から得られるということ。「ありがとう」という言葉をかけるのは、次も適切な行動をしてほしいと思ってのことではなくて(そういう親の下心はすぐに子どもに見抜かれる)、子どもが貢献感を持てるようにである。親が貢献に注目することで、子どもが貢献感を持ち、自分をよしと思えるようになれば、親の目から見てわざわざ問題があると思える行動をする必要を感じなくなるだろう。
 今月は講演の機会があるのと、講義に毎週姫路に行き始めたので外に行くことが多い。それに伴って、たくさんの人と話ができることが本当に嬉しい。

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仕事との両立は難しい

autumnal reflection

 朝、父のところへ行くとハイビスカスはなお咲いていた。咲くまでに時間がかかった花はそれだけ長く咲くのだろうか、と思いながら、昨日よりは閉じたがなおきれいなハイビスカスを眺めていた。
 朝食をすませた父は早々と横になる、といって寝に行った。この頃は食事後、長く起きていることがなくなった。それでも今日は新聞を広げ、最近にしては長い時間起きていたが、今朝は早く行ったので、寝に行ったのは8時半だった。
 洗濯物が干せてなかったり用事もあって一度帰ったところ、マンションの入り口にあるインターホンを押している宅配便の若い人の姿を見かけた。僕のところに荷物が届いていたのだ。amazonのKindle(電子ブックリーダー)。一冊本をダウンロードをして、ずっと読んでいた。69パーセント(!)読んだ。日本語の本も読めるようになるかもしれないが、その時はハードそのものが変わるのだろうか。画面は読みやすく、普通の本を読むのと変わらない感覚で読める。これで僕の鞄は少しでも軽くなるだろうか。
 土曜は講演。今月はこの講演を含めて後二回。明日は父はデイサービスに行くことになっているが、送り出せないので妻の助けを借りることになる。介護をしながら仕事をするのは至難の業である。

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2009年10月22日 (木)

月は西に

wait!

 今日は朝からずっと父のところにいる。ハイビスカスがこの数日来膨らんできたので楽しみにしていたのだが、今朝見たらもうしぼんでしまっているように見えた。昨日は大学に行っていたのでその間に咲き、もうしぼんだのか。そうではなかった。これから咲き出すところだった。高速度でビデオ撮影をすれば開花の様子がわかるのだろうが、見ていてもはらりと開くわけではない。それでも、数時間のうちに大きな花を咲かせた。最後に咲いたのはちょうど一ヶ月前だった。蕾があるのを知っていたので、この一月、水やりを欠かさなかった。
 こうしてようやく咲いた花も明日には見ることができない。それで今日はずっとハイビスカスを眺めていたくなって、家に帰るのを止めたのである。
 昨日、帰りに月が西に沈もうとしているのを見た。月は飛んでいるように見えた、とtwitterに書いたところ、月はいつも飛んでいるのではないか、というコメントが入った。別の人からはsailing moonという表現を学んだ。
 土曜日に地元の祭りの鉾が巡行するという話を聞いた。ちょうど父はデイサービスに行く日で、病院の前を通るはずである。僕も見たいと思ったが、土曜は大阪で講演をすることになっている。父の記憶に鉾がインプットされますように。

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2009年10月21日 (水)

どんなこともテーマに

 今日は近大姫路大学に出講。朝、7時半に家を出て、一度父の家によってから行くので父が帰ってくる前とくらべるとかなり疲れる。父は僕がいつもと違う服を着ているので、どこか行くのかとたずねるが、何時に帰るという質問に、今日はもうこない、といっても(今日はデイサービス、その後ヘルパーさんに介助をお願いしている)何もいわない。反応はなかったが、あわてて、大丈夫、ヘルパーさんがこられるといわなければならなかった。
 父のことも僕のこともあって、今日でやっと三回の講義を終えたが(十五回)、行けるように健康に気をつけねばと思うと緊張する。
 生命倫理は学生にとってはまだなじみがないかもしれないが、例えば(と、今日話すつもりだったが話せなかった)インフルエンザ接種の優先順位をどう決めるかということもテーマになりうる。
 この数年は4月から7月まで講義をするが、その後はどこにも出講していなかったので昨年から年中講義ができるのはうれしい。講義を引き受けた時は父が帰ってくるとは思ってもいなかった。
 昨日新たに講演依頼があった。

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少しずつ外へ

Autumn tints

 今日はヘルパーさんに父の昼食時にいてもらうことになっているので、その前後の時間もあわせて一度家に帰れたのだが、父のところに戻ると寝てなくてソファにすわっていた。「おなかが減ってなあ」。昼ご飯を食べたことを覚えていなかった。先週から衰えがひどく、曜日がまったくわからなくなってしまった。デイサービスにまた行けることになり、ことに今月からは水曜と土曜に行くので、この日の前はテンションが高く、他の日も「行くのは水曜と土曜だったな」と何度もたずねていたが、先週から何曜日に行くのか、今日が何曜日なのかがわからなくなった。勤めに行っているわけではないから、今日が何日であろうと何曜日であろうとかまわないし、わからなくなって当然だと思う一方で、一日遅れに持っていく新聞の日付を見て、今日が何曜日かを把握していたことを思うと気にかかる。
 今月は講演が多く(病気以前のことを思えば激減しているが)、過日の吃音ショートコースの他、今週の土曜、来週の金曜日にある。その来週の講演は夜なのだが、父を寝かしつけてから行けないこともないが、父がいつもより早く寝てくれるという保障が必ずあるわけではなく心配していたところ、訪問介助センターに電話してみたところ、その日の訪問の時間を夕方に変えてもらえることになった。
 今日は(いつの間にか日付が変わってしまっていた)近大姫路大学へ出講。去年の学生のアンケートに予習、復習に二時間と答えた学生があったが、僕の用意は二時間では当然できない。どれだけ時間をかけるかを学生が知ったら驚くだろうか、ふうんといっても何とも思わないか。時間をかければいい講義ができるわけではないというのも本当である。学生にすれば、他にも出席しなければならない講義はたくさんあるといいたいだろう。
 父の介護をしていたら、秋は木々が紅葉するということを忘れていた。

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2009年10月19日 (月)

そんな時代

Japanese windflower
 
 去年から近大姫路大学の看護学部に出講しているが、昨年最後の講義の時に学生が講義を評価した結果が送られてきて、それに対して教師が自己評価をしなければならず、時間がかかってしまった。時間がかかったのは、word文書を添付してメールで送ることになっているが、僕はwindowsを常は使っていないので、困ってしまった。
 それはともかく、学生が教師を評価するという時代である。教師からもコメントをする機会があるのはありがたい。
 今日は少しウォーミングアップの時間を取りすぎた感があるが、原稿を書き進むことができてよかった。本を読んでいる時も、他の何かをしている時も、ずっと考え事をしている。もうすぐ父が起きてくるだろうと思う頃にあれこれ考えつくことがあって、そういう時でも父は(当然)そんなことを知らずに起きてきて食事にしようという。今日は朝から力なく、毎日持っていく一日遅れの新聞も開けようとしなかった。看護師さんがこられたことも知らずに、食事以外の時間ずっと寝ていた。この間の連休明けから(と思うのは三日間初めて仕事があって父から離れていたからかもしれないのだが)弱っている。デイサービスは水曜と土曜、といえたのに、曜日がわからなくなってしまった。夕方起きてきた時、驚く。誰もいないと思っていた、と。そんな時もあるが、今日は朝からずっと父のところにいたのだ。
 写真は秋明菊。結婚式の時に着たドレスの色と同じというコメントがtwitterに入った。

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2009年10月18日 (日)

浅葱斑

in transit

 先の日記に書いた浅葱斑。直線距離で1,500km以上、1日あたり200km以上の速さで移動するものもあるという。めずらしい蝶なので、シャッターを切るだけで精一杯。

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天気がいいので

 土曜は恒例の読書会。始めてから4年目。父はこの日朝からデイサービスに出かけていたので、帰ってきたのは後一時間で会が終わる時だった。一日早かったが父の誕生日を皆で祝う。デイサービスではお祝いの品をいただいてきた。81歳。
 今日はそんなことがあったことを少しも覚えていないように見えた。デイサービスの次の日はいつも疲れるようで、朝食後9時頃から眠る。その間、僕はカメラを持って出かけた。思いがけず、今年は諦めていた浅葱斑を見かけた。藤袴が咲いてないのに一体、と思った途端、藤袴が咲いているのが目に止まった。思うようには写真を撮ることはできなかったが、出会っただけで満足だった。ほどなくこの地から旅立っていくのだろう。
 帰った時も父はなお深い眠りの中にあったが11時頃起きてきた。
 「天気がいいので、ちょっと歩いてくる」
 夢の中で父は歩いていたのだろう。そのまま現実の世界に戻ってきたように見える。もちろん、父は今は一人で外を歩くことはできない。行ってらっしゃい、と答えたらよかったかもしれないと後になって思ったが、父がいいだしたら本気なので、それなら車椅子で外に行こうか、といったとたんに父の夢は潰えた。
 新しい翻訳の見本刷りが届いた。『性格の心理学』(アルフレッド・アドラー)。父がこちらに帰ってから二冊目の仕事である。父に見せようかと思ったが、止めた。

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2009年10月16日 (金)

記憶の中の花/父の晩年

The beauty forever ...

 記憶の中にある花には色がない。
 今日は父の介護、介助などに関わってくださる方が集まってカンファランスを開かれた。デイサービスでの父の様子を聞くことができた。去年の11月にこちらに戻ってきて、二度だけデイサービスに行った後で入院することになって、二ヶ月後退院したもののとてもデイサービスに復帰できない状態が続いていたが、ようやく落ち着いてきたので、また行き始めた。最初の時と今との父があまりに違うという。気むずかしい父が穏やかになったということなのだが、長年一人で暮らしていた父の異変に気づき戻らせたものの、長くひどい混乱の中にあったのだが、たくさんの人の助力によって、病気そのものは進行していても、ようやく安定してきたということだろう。
 幸福な晩年を送っていると思うといった時、胸がいっぱいになってしまった。

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2009年10月15日 (木)

悪かったな、と

 吃音ショートコースの時の写真をもらった。写真を見ると、痩せているのがよくわかる。手術後ほどのことはないと思うのだが。問題は血管中のコレステロール量なので、見た目痩せているかどうかは関係がない。それはともかく、長時間の講義だったのに楽しんでいるのがわかるかと思う。
 今日は父と静かに過ごした。昼間少し横になって寝てしまったようだ。父が起きてきてあわてて起きあがったが間に合わなかった。「悪かったな。起こしてしまって」と父がいってくれた。もちろん、悪くなどないのだが、僕が父の世界の中に生きていることがわかってよかった。この時は、ということであるが。

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2009年10月14日 (水)

二度目の講義/コスモス

amazing recovery

 ちょうど一週間前、台風が接近してきたので父の家で不安の一夜を過ごした。父は台風のことを知らずに熟睡。最近、雨が降ってない、と台風の後いうので、よかったといっていいのかどうか。ともあれ浸水という事態は回避できたが、コスモスが受けた打撃は痛ましく、ほとんどの花が強風で倒されてしまった。まだ多くの花は倒れたままだが、花の色は少しずつ回復しつつある。この写真は台風の前に撮ったものである。
 今日は近大姫路大学へ出講。お祭りがあってスクールバスが出てこなかったのと、休講があったようで、学生と学校までの道々話をすることができた。朝9時に出てきたといったら驚かれたが、実際には父のところに寄るので、家を出たのは7時半だった。帰りはデイサービスからの帰りをヘルパーさんに迎えてもらって食事を出し、その後寝るところまで見届けてもらうことになっている。出講するのにたくさんの人の力を借りている。父は家で寝ていたいところだろうが、一人で昼間いることはできない。
 学生は今日も熱心に聴講。ノートを学生には公開しているのと、教科書もあるので、今年は講義では講義でしか話せないことを話すことにしたところ、脱線ばかりしてしまった。教室に入ると、まずネクタイのチェック。先週と同じことがばれてしまった。

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2009年10月13日 (火)

曜日が/長い一週間

 先週の台風で父の家の近くに咲いているコスモスの大半が倒れてしまった。写真をまた撮りに行きたいと思っているのだが。もっとも週末は三日間吃音ショートコースがあったのでどこにも行けなかった。
 常は休みとは関係なく父のところに出かけているので休みの気分に浸ったことはこの一年なかった。本当に久しぶりに父を家族に委ねて遠出をし、宿泊したので、長時間の講義という大仕事だったのに、晴れ晴れとし、テンションは驚くほど高かった。
 講義もだが休憩時間、あるいは食事中、食事の後にたくさんの人と話すことができた。それでも最後に参加者が一堂に会して今回のコースを振り返るための話し合いをした時、一度も言葉を交わしていない人がなおたくさんおられることに気づいた。二日目は一度帰ったが、その日も泊まればよかったのだろうが、翌日にある対談のための体力を使い果たすことになっていたかもしれない。
 三日ぶりに父のところへ行ったが、久しぶりではないか、とか、どうしてたのだというようなことはたずねてくれなかった。昨日妹がきたことを覚えているかたずねてみたくなったが、たずねるのはやめた。先週、父が「曜日がわからなくなってしまった」と悲しそうに話したことを思い出した。
 今回会った人たちはそれぞれの生活へと戻り、これからどんな人生を踏み出されただろうか、と考えていた。インターネットのおかげでブログにコメントをもらったり、メールがたくさん届いたので、様子がわかるのはありがたい。
 明日は近大姫路大学で講義。一週間は早いどころか、この一週間は本当に長く感じられた。

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2009年10月12日 (月)

吃音ショートコース

 吃音ショートコース最終日。昨日は一度帰ったので、朝早く家を出ることになった。朝の光に琵琶湖の水面が煌めいていた午前中、伊藤伸二先生と対談。打ち合わせの時、もちろん休憩を挟みますが、ということだったが、気がついたら休みなしに三時間話すことになった。
 昼からは今回のコースの振り返り。参加者全員から感想を聞く。人生に対する真摯な姿勢が伝わってきた。最後に僕も感想を求められたが、胸がいっぱいになって何も話せなかった。講師として参加したが、多くのことを学ばせてもらった。再会の機会がありますように。

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2009年10月11日 (日)

赤く頬を染めて

sudden blush

 吃音ショートコース、二日目終了。後は明日の対談を残すのみ。休み時間もずっと話し続けた。声が出なくなることも、途中の話を見失うこともほとんどなく(2回危なかった)、長時間の講義を終えることができた。昨日、今日で12時間ほど話した。元気になったことを実感できた。

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2009年10月10日 (土)

行ってきます

 今日から日本吃音臨床研究会の吃音ショートコースで講義が三日続く(最終日は対談)。朝、父をデイサービスに送り出し帰宅。もうすぐ出かける。久しぶりの外での大きな仕事なのでテンションが高い。仕事があって火曜までこないから、と父にいったら、鍵はどうしたらいい、とたずねる。もちろん、僕が行かないだけでこの間、妻と妹が介護を代わってくれるので父は何も心配することはないのだが。

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2009年10月 9日 (金)

台風、明日から集中講義

 台風が心配で父の家に泊まり込んだが、幸い、何事もなく、父は台風のことにまったく気がつかないまま朝起きてきた。泊まったといっても、布団を敷いて寝たわけでなく、いつも父のところで昼間過ごしているのと同じように夜もいたというだけなので、眠れるはずもなくひどく疲れた。父は寝室から出てこなかったが、トイレに立つ気配などがすると緊張してしまった。夜はよく眠れていることがわかってよかった。朝7時頃部屋から出ていた父は僕を見て驚いた様子だったが、夜もいたことは話さなかった。
 明日、10日から日本吃音研究会主催の吃音ショートコースで講義をすることになっている。12時間の講義と3時間の対談をする。病気で倒れてから、これほどの長時間の仕事は初めてである。

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2009年10月 7日 (水)

近大姫路大学へ出講

cosmos in full bloom

 今日は近大姫路大学へ出講。朝、父のところへ行って、食事、服薬後、デイサービスへ送り出す。ここまでで二時間が経過している。着替えていたら父が「今日は出かけるのか」とたずねる。「わしが〔デイサービスから〕帰ってくる頃は戻ってるか?」ヘルパーさんが迎え、食事を出してもらうと説明して出かける。久しぶりだったこともあって、大学は遠く疲れたが、久しぶりに父から離れることができたのはよかった。姫路駅の書店にも寄ることができた。
 初回の講義の反応はよかったが、これからどうなることか。
 台風が心配なので、今夜はこれから父のところに行って泊まろうと思っている。

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2009年10月 5日 (月)

新しいことを始める時

from flower to flower

 この数日が飛んでしまったかのような気がする。仕事は順調に進んでいるが、今月になって新しいことが始まり、準備に追われている。
 水曜から近大姫路大学へ出講する。去年は十月は問題なかったが、十一月に父が帰ってきてからが大変だった。まだ父は外に出て行くこともあるほど元気だったが、その分心配も大きかった。そうこうするうちに年末から入院してからは、大学の帰りに病院に寄ることになった。前日、乗車券を駅の窓口で買う時、必ず帰りは下りる駅を変えていたことを思い出した。窓口で顔見知りになった駅員さんと乗車券を買う時によく話をした。今年も姫路に行くことになりましたと話ができればいいのだが。
 明日は父の受診日。緊張する。車椅子での移動は慣れなくて、思うように動かせない。病院に行って疲れるというのも妙な話だが、僕はともかく父はくたくたになってしまう。
 写真はヒメアカタテハ。背景に白く写っているのは霧で、ようやく9時半頃、霧が晴れ出した。

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2009年10月 2日 (金)

一人が生きていくために

autumn leopard

 このところ夜、途中で目が覚めることなく朝まで眠れる日があってありがたい。自分ではそれほどのことはないと思っていても、いろいろなことに押しつぶされそうになっている気がする。ともあれ月が改まり、来週から大学の講義も始まり、また病後初といっていい(外での)大きな仕事もあって気合いを入れなければならない。
 父の介護度が変更になり、ケアマネージャー、訪問看護、介助、デイサービスの責任者らが集まっての担当者会議が開かれる。もちろん、僕も参加する。父が一人生きていくためにたくさんの方の尽力があることをいつもありがたく思っている。そのことを父はわかっていないが、それは問題ではない。
 今日は、僕が病気で倒れた時、それまで弱っていた父が元気になったことを思い出していた。日々のことに追われ、父の友人に連絡が取れてないことが気にかかっている。

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