« 今のうちに帰り | トップページ | 圧倒的パワー »

2009年9月26日 (土)

失敗

 木曜は朝から夜遅くまで仕事に取り組む。午前は訪問看護、昼から医師の往診があったが、前日のデイサービスに疲れた父はほとんど起きてくることがなかった。
 金曜はヘルパーさんに任せて一時帰宅。その間、銀行に行き、残りの時間の1時間、寝てしまった。おかげで力を回復したというべきか、仕事の時間をふいにしたというべきか。
 ここまで書いて中断。今日は土曜。妹が夕方まで代わってくれる。家に体温計があって、いつも計っているが見つからない、と頭痛と熱を訴える父に体温計はないといったら(いつもは自分で計っているわけではなく看護師さんが計っている)、あるといっているのになぜないというんだ、と怒鳴られた。顔を見るのもいやだと思うぐらい不愉快になる。探してみる、といって探し出したらよかったのはわかっているが、妹に代わってもらって帰る寸前でのやりとりだったので失敗した。
 大体の時間は穏やかに暮らしているといっていいのに、こんなことで父を判断してしまうのは、子どもとの関係でも同じだろう。

|

« 今のうちに帰り | トップページ | 圧倒的パワー »

日記」カテゴリの記事

コメント

 金曜日の我が家でのエピソードです。

 午後7時に「ご飯だよ。」と呼んでも出てこなかった三男が9時過ぎに部屋から出てきた。
 (何か、晴々とした顔をしているな。)

 「寝よったん?」
 「いや、本を読んでた。この前の高校生のための・・・」
 「へ~」
 「すごく良かった。特に最後のほう。いつでも変われる、自分で決められる、どう生きるか。のとこ」
 「はあ~」
 「父さんがいつも何を言よるか分かったわ。父さん、ナイス。」
 「いや、それほどでもないです。」

 息子との距離がぐっと近づいたようで、とてもうれしかったです。
 岸見先生に感謝です。

投稿: minoru | 2009年9月27日 (日) 21時03分

 僕も嬉しいです。厳しい内容なのでどうかな、と思っていました。若い人の中で最初の読者だったかもしれません。著者が喜んでいた、と可能ならお伝えください。ありがとう、と。

投稿: 岸見一郎 | 2009年9月27日 (日) 21時08分

怒りのトリガー(引き金)は相手が握っているわけではない、自分が握っている。
先日私はその引き金を引いてしまいました。
取引先の会社の社長との電話のやりとりの仕方を
社長と専務二人から同時に責められました。
相手のいう無理難題をとめられないのが理由です。
いつも新規の客を取るのは大変だと言われている私は
「けんか腰で言ってくる相手に断ってもいいのか」と念を押して翌日断りの電話を入れました。
冷静にお断りしても文句を言ってくる相手に
納期遅れを防ぐために在庫を持ってもらえないかと質問したことを社長にとがめられ、
毎回同じパターンでトラブルに巻き込まれることの疑問を社長に質問したために後で事務の先輩にしかられました。
悔しさで手が震える思いをしながらもどうして自分が耐えられなかったのか考えたら
数日前に事務の先輩が一連のやり取りを隣で見ていて
実際に相手と電話している私より先に
「本当に困った会社だわね。あんな会社みたことないわ」と怒ったのです。
私は自分の怒りを飲み込みました。
それからたまたま3回目に文句を言った社長が返り討ちに遭ったのでした。
確かに営業担当である社長の今までの相手会社への対応には不満はあるものの、
あの瞬間のの社長に対する判断は少しばかり増幅されたものだったと思います。

投稿: ちばちゃん | 2009年10月 4日 (日) 22時40分

 自分がトリガーを握っていてそれを引くか否かは自分が決められ、事実自分でそうするはずなのに、相手が引かせたのだ、と思いたいということは生活の中でよくありますね。

投稿: 岸見一郎 | 2009年10月 9日 (金) 09時43分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« 今のうちに帰り | トップページ | 圧倒的パワー »