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2009年8月の記事

2009年8月31日 (月)

さえずるのも忘れて

meditative sparrow

 今日は第一日赤へ。大きな問題はなく安堵。次回は採血に加えて、心電図検査がある。父を一人にするわけにはいかず、今回も手配が大変だった。午前中、訪問看護、12時に訪問介助を入れた。僕は診察が遅れていて、帰ったら2時を回っていた。父は寝ていたが、朝からのことは忘れていた。でも、僕が病院に行ったことは覚えていて、大丈夫だったか、とたずねてくれた。
 向日葵畑をめぐっていた雀が止まった。さえずる(twitter)のも忘れて瞑想しているように見えた。

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かなわないこと

In one drop of water

 妹が介護を代わってくれたので今日はその間に長く寝てしまった。
 結局父は選挙に行くといいだすこともなく(前日、行かないと思うが、とはいっていた)、ちょっと横になってくる、といって寝てしまった。行くといえばその用意はしてあったが、もしも行っていたら、三種類の投票を手助けなしにできたとは思えない。在宅でなら(介護認定度の関係でかなわないことだったのだが)投票できたのだろうか。
 明日、一日遅れの新聞を見て何かいうかもしれない。

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2009年8月30日 (日)

できることはない

restoring order

 父が選挙のことを話し出した。投票用紙は届いているのか、とたずねる。郵便物は僕のところに転送している、というと、大事なものが届いているかもしれないではないか、という。だから転送しているわけだが、一度気になると、いつまでも気にかかるようだ。同じ話をその後二回繰り返す。選挙に行くかとたずねたら、行かないつもりだという。父の気がかりは選挙のことではなく、ふと気づいてしまった郵便のことだった。怖い顔をして脈を取っていた。不整脈がある。僕にできることはない。
 一日が早く過ぎてしまった気がする。ずっと仕事をしていたのに。

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2009年8月28日 (金)

初めてのことばかり

across the canvas ...

 昨日は主治医の往診、訪問介護、訪問介助(のモニターリング)で昼からすぐに時間が経った。父と二人きりでいたらさぞかし息が詰まるような毎日になるだろう、といつも思う。父一人の介護に驚くほど多くの人の助けを借りていることを思うとありがたい。
 ちょうど父が昼食を終えて寝ようとしたところで、某政党の選挙カーが「この場をお借りしてごあいさつを」と演説が始まった。聞くことを拒否できない大音量の演説は暴力である。すぐに音量を落としてもらうようにかけあった。そんなことをするのは僕には勇気が要るのだが。たしかに若干音量は絞られたのだが、数年前に入院していた時、何かの選挙があってスピーカーからの大音量は神経に障った。病院の真向かいに選挙事務所があったことがいらだちに拍車をかけた。今回初めて経験することになるのだが、在宅介護の人は選挙はどうされているのだろう。要介護度が5であれば在宅投票は可能だが、それ以外の認定度であれば、投票所に行くしかない。父はどうしたものか悩むところである。
 夕方、父が悪い夢を見ていた、と起きてきた。なんで先生がこられたのだ、という。毎月一度きてもらうことになっている、と説明したが、転倒したか何かでどこかが具合悪くなって、先生を呼んだのではないか、と心配したという。認知症者が不安がないというのは間違いであることが父を見ていたらわかる。父の不安をどう和らげたらいいものか。

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2009年8月26日 (水)

自分の時間

I miss you ...

 父をデイサービスへ送り出したので、今日は4時前くらいまで昼間自分の時間を持てる。
 秋空のコスモス。

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2009年8月25日 (火)

もうこのまま秋になるのか

the last lotus this year ...

 窓を閉めた方がいいのではと思うほど今朝は涼しかった。数日前、娘が夜友人と会って近くの池に行ったところ、蓮の大きな葉に強い印象を受けたようだった。しばらく行ってないことに思い当たって翌朝出かけたが、大半の花が盛りを過ぎていた。夏の暑さはつらいがいざ秋がめぐってくると、もう少し夏が続いてほしいと思ったりもする。
 今日は昼から介護認定の調査があった。これで三度目なのだが介護度がどうなるかは介護者の生活のあり方を決定するといっていいほどなので回を重ねても緊張する。
 たびたび介護が苦しいというようなことを書いているが、なんだかんだといっても、特別なことがなければ、父をずっと看たいと思っている。前にも何度か書いたが、三年前に倒れた時、外に一歩も出られなくても本は書きたい、と主治医にいったことがある。それくらい前途を悲観していたが、本は書きたいというのは、命が助かるかどうかを考えれば高望みだったともいえる。幸い、今は外での仕事は制限されているが(今はもっぱら介護のために)、あれから6冊も本を出版できたことはありがたいことである。

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2009年8月23日 (日)

Bee's-eye view

bee's-eye view

 今日はもう一枚。このアングルから蜜蜂を撮ったのは初めて。

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痛々しい

with rapt attention

 昨日は毎月行っている読書会。何日も前から準備をする。終わると一度に疲れが出て、昨夜は何もしないで寝てしまった。もうすぐ三年になるのだが、毎月集まって本を読んでいたこの家に昨年の11月父が戻ってきたのだった。父も食事時などに出てきて話を交わす。参加者の一人の子どもさんが酸素吸入が必要で携帯のボンベを持参されていたのを父は見て、かわいいので相好を崩すと同時に「見ていて痛々しい」と感想を言う。父は昔こんなに子どもが好きだったのだろうか、と思う。
 向日葵が一斉に咲き出した。父の家のすぐ近くに咲いているので、父が寝ている間に写真を撮りに行けるかもしれない。

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2009年8月21日 (金)

今年は向日葵とコスモスが同時に

at last in late summer

 今年は向日葵とコスモスが同時に咲きそろうことになりそうである。コスモスが少し咲き始めて数日後ようやく向日葵が咲き出した。まだ花は小さいがういういしいので撮ってみた。
 父は朝おもむろに「昨日の」でいサービスの話を始めた。実は一昨日なのだが、昨日は疲れて長く寝ていたので、父の中には存在しないのかもしれない。ともあれ父はあれは(その都度)申し込むのか、とか、今度行くのを忘れないようにしないといけないというところを見ると気に入ってくれたようでよかった。介護の枠が広がれば週に何度か行ってほしいところだが。昨年二度行ったところで入院など体調を悪くしていたのでデイサービスどころではなかったのだから、よくここまで恢復したものだと思う。
 昨日は息が苦しくて休み休み仕事していたが、今日は大丈夫だった。病気のことを忘れたいのにいつまでもこんなことでいやになる。もっともこの息苦しさは心筋梗塞とは関係がない、と主治医から入院中に説明があったのだが。調子のいい間に仕事をしておこうといつも思うので、それがよくないのだろう。

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2009年8月19日 (水)

声のあいさつ

 今日は昨年11月以来の三度目のデイサービスに父を送り出した。昨日ははりきっていたのに、今朝になると元気がしぼみ、今日行くことも忘れていたようで、もうすぐ迎えの人がこられる、といったらた驚いた。常は眠ってばかりいる父が今日はどんなふうに過ごすか心配。父が出かけてくれたので、今日は昼間、自分の部屋で仕事ができてありがたい。
 iPhoneを使ってメッセージを録音する実験をしてみた(こちら)。うまくいくようだったら、中身のある話ができたら、と思う。

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2009年8月18日 (火)

秋が先に?

a place in the sun

 父と朝病院へ。夜中の胸痛を訴えていたので心配していたが、入院という事態にはならず安堵。予約時間が決まっていても検査のために早く行かなければならない。冷房が効きすぎて寒いくらいだった。帰ってから父がいう。ただ病院に行っただけなのに帰ったら疲れていた、と。常は寝ている時間に起きていたわけだから疲れるのは当然だろうが。車椅子で院内を移動することに慣れないので、事故が起こらないように気を遣う。急ぎの仕事があるので用意して行ったが開けることもできなかった。
 近くに向日葵とコスモスが植えてあって開花を楽しみに待っているのだが、今年は向日葵が咲く前にわずかだがコスモスが咲き始めた。夕方、父のところから帰る時にコスモスを探して撮ってみた。

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2009年8月16日 (日)

マラソンなのに

gliding through the air

 ミスジチョウ。ひらひらと飛ぶ様子は一度見たら忘れられない。滑空を眺めるのは楽しいが写真を撮るのは難しい。うまいぐあいに止まってくれた。
 暑い日だったが、父がエアコンを使わせてくれない。父が寝たらすぐにエアコンのスイッチを入れ、起きてきたらさっと消すということを何度か繰り返す。それなのに夜はエアコンを入れて帰ってくれというのでいわれたにしたが、夜中に寒くなってまたコンセントから抜くことが、そのためにテーブルに乗ったりしないことを祈るばかり。ふとんをかぶればいいと思うのだが。黙って食事をする父。食事の時以外は寝ていることが多いので、食事の時にだけ行こうかと思うが、結局、朝からずっといた。当然、黙って食事をする、などといわずに僕が話しかけたらいいのだが。
 夜よく眠れないのはコーヒーを飲むからかと思って帰ってから飲まなかったら、常にまして仕事が手につかない。
 父の介護も仕事もマラソンなのに短距離走のように力を出し切ってしまっていけない。

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何が本当か

the degree of reality

 時々、何が本当かわからなくなることがある。

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2009年8月15日 (土)

久しぶりの熟睡

the unknown flower attracted me

 昨夜は疲れてしまい8時に寝たところ、一度も目を覚ますこともなく朝まで眠ってしまった。11時間も寝たことになる。夜、何もしないで寝たという気持ちがずっと残っていたので安眠したとは思えないが、身体は休まっただろう。眠るのは簡単で、たがを外せばいいだけである。それをなかなか許せないのが問題なのだが。
 急に気温が下がって父は夜眠れなかったようだ。テーブルの上に乗った後があって驚く。怪我をしないように考えられるあらゆる手立てを講じているが、父のほうが上手である。
 昨日は寝てしまったが、今年は例年にまして「お盆」という気になれないまま、父のところにいる。仕事ならいくらでも根を詰められるが、父の介護は投げ出したくなってしまっていけない。
 父の朝食をすませた後、墓参りへ。父は連れて行かなかった。お寺の中を車椅子で動くのは不可能である。この墓には一番新しくは49歳で亡くなった母の骨がおさめてあるが、父は長年連れ添った母のことを覚えていない。今日はそのことを考えていて、つらい気持ちになった。
 写真は昨日久しぶりで出かけた近くの植物園で撮った花。名前がわからない。前は行こうと思えばいつでも行けたのだが。

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2009年8月13日 (木)

最初の一歩

 新刊の『高校生のための心理学入門』(アルテ)が届く。

 高校生を念頭に置いて書きましたが、この本がもっぱら基づいているアドラー心理学について知っている親が最初に本書を手にするのではないか、と考えています。私は、若い人が正当な主張をするために(正当かどうかは問題になりますが)、自分の身を犠牲にする(例えば、病気になるというようなことです)ことがあるのを見ていて、いつも痛ましいと思ってきました。本書では言葉を使ってきちんと主張するためにどうすればいいかということを、若い人が自分のしていることを意識化することから始めて論じました。
(カバーから)
 若い人が自分で考え、
 自分らしく生きていくためにはどうすればいいのか?
 自分や世界について新しく学ぶための最初の一歩。

 これまでの人生はこれからの人生をどう生きるかには何ら影響を与えない。過去や他者に生きづらさの責任を求めることなく、勇気をもってこの人生を生き抜くための方法を具体的に考察する。

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2009年8月12日 (水)

bee-sy morning

bee-sy morning

 蜜蜂が重そうに見える花粉袋の下げて朝早くから蓮の花の間を飛び回っていた。

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久しぶりの外食

My daughter and wife at UNIQLO. Found the colors in the shop ... on Twitpic

 久しぶりに朝から晴れている。父は訪問入浴。今日が最後で来週からはデイサービスに行くことになっている。仲良くなったヘルパーさん、看護師さんが名刺をほしい、といわれる。またお世話になることがあるかもしれない、といったのだが、この先どうなるか本当にわからない。
 息子が帰ってきているのでこのところ四人で夕食を取れる日が続く。一人で食べることがよくあった、といったら息子は驚いていたが、みんな忙しかった。久しぶりの外食に行き、帰りに服を買いに行く。もっとも僕はその頃には疲れてしまっていて、いすにすわって待っていたのだが。店内の色が目を引いたので、iPhoneで撮ってみた。

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2009年8月10日 (月)

無言の圧力

and the sun shines ...

 父が見ていたテレビが映らなくなってしまい、数日の間は何もいわなかったが、険しい顔をして、電器屋を呼ぶしかないというので、修理を試みたところ幸い今回はうまくいき、父はどうやって直したんだ、と本当に驚き、喜んだ。ブースターの接触が悪くなったのか、と思っていたが、どこかスイッチを押さなかったか、とたずねたら、たしかに押したというので、チャンネル設定がリセットされたのだろうと見当をつけて見ていったらそのとおりだった。押してはいけないところにテープを貼ったが、今度は数日の間にチャンネルを変えることと音量を設定する操作がわからなくなってしまっていたので教えた。子どもが映っている放送を見ると、笑ったりしているので、直ってよかった。自分のことばかり考えていると思われるだろうが、このところずっとかかりっきりになっている仕事がいくつかあって、修理するための時間が惜しかった。すぐ復旧して助かったのだが。考え事をしている時にふいに起きてきて用事をいいつけられるとその前まで考えていたことが消えてしまって、元に戻るまで時間がかかってしまう。そのあたりのことを父にわかってほしいと思ってもかいがないので、待たせて父を怒らせることから起こる消耗感を軽減することを優先している。
 今日は夕方いつもより長い時間起きている。夕食の時間が近づくにつれて頻繁に時計を見る。無言の圧力を無視することは難しい。
 息子が帰省中でこの数日久しぶりで家族四人揃って食事ができる。息子とは顔を合わせれば議論ばかりしている。帰ってしまうと寂しくなるのは毎回のことだが、いつまでも慣れない。

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2009年8月 8日 (土)

自然のカンバス

Nature — my source of inspiration

 今日は妹が父の介護を代わってくれた。ありがたい。昼からヴァイツゼッカーの研究会に参加。日頃、家族と看護、介助にこられる人以外ほとんど人と接することがないので、強い刺激を受ける。会は都合で半年に入る。次回の4月まで待ち遠しい。その間、することがたくさんあるので、一息つけることは悪いことではないのだが。
 帰り、駅に降り立ったら夕焼けが見られた。駅から車で送ってくれる人があって、待たせることがないように撮った2枚の写真の1枚。こんな色の空を背景に花火が打ち上げられたらどうなるのだろう、と思った。

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2009年8月 7日 (金)

花火はきらい

firework

 長い一日だった。父の家を出たのは9時半。近くで花火大会があったので、放っておくことができなかった。花火が打ち上げられるのは8時からなので待ちきれず父は寝てしまったが、大音響と共に花火が打ち上げられると、家は大きく振動した。
 「なんやなんや、あの音は」と怖い顔をして父が起きてきた。花火のことはもうその時には忘れていた。「うるさいなあ、花火はきらいなんや、昔から。目が覚めてしまったじゃないか」といいながら再び寝に行ってしまったが、とうてい寝ることはできないようで再び起きてきた。見に行くといったらどうしよう、と思っていたのだが、その心配は無用だった。花火の音で父は失われた過去を少し思い出したようだった。

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今夜は花火が打ち上げられるが

just about to bloom

 連日の暑さでまいっている。昨夜は帰ってきてから仕事にならなかった。昼間は夜に遅れを取り戻そうと思い、夜は疲れをしっかり取って昼間父の寝ている間に仕事をしようと思うのに、思わくどおりにはいかない。
 今日は花火。夜店の準備が始まり、大音量のマイクががなり立てる。父がいなければ別にかまわないのだが、寝られないとどうなるのか予想がつかない。ヘルパーさんに今夜の花火のことを父から話すのでなければ話さないようにお願いしておく。すぐ近くで花火は打ち上げられるが、昔のように家のすぐ前では見られない。見たいといわなければいいのにと思うのだが、そんなことはありえないだろう。車椅子があるわけだが人があまりに多い。花火の打ち上げが終わっても、夜遅くまで喧噪は続く。今夜は人が帰る深夜まで父のところから帰れない。

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2009年8月 5日 (水)

危険なので

 連日暑い日が続く。朝、荷物が重いので自転車で行こうと思ったが、ぼんやりしていて危険なので、徒歩で。朝から暑い。父の家のカーテンが開いているのが遠くからわかる。
 手術をした時に切り開いた胸骨をつなげるために使ったワイヤーの結び目が骨にそって並んでいるのが手を触れなくてもわかるほど突起してきて気持ちが悪い。感染や外に出てくる心配はなく放置していても大丈夫だとは聞いているが。痩せすぎではある。
 連日、メモを取ったりして読み進めている本があるのだが、気合いを入れないとなかなか読み終わらないので、一日のノルマを決めて一生懸命読んでいる。読了すれば、目元書きためた原稿と梃子にして一気に書き始められそうに思う。それと校正。4月に脱稿したものなので、自分が書いたのか、とふと思うことがある。
 父がそんな中、テレビが映らなくなった、という。あれこれ復旧を試みたが、わからなかった。父は「電気屋を呼ぶしかない」という。そんなに簡単にいわないでほしいと抗議したが、近所の電気屋が父の記憶に残っている。わけがわかっていない父に次々に買い物をさせた悪徳業者である。悪い思い出としては父には残っていないようだが。テレビの件はどうしたものか。
 過日、父のところから帰る時、前を1歳半くらいの女の子が一人で歩いているのを見た。少し離れたところに祖父らしき人がいるのはわかった。信号がもうすぐ青になろうとする時、この子が駆け出した。そこへ右折の車が突っ込んできた。おそらく運転者には子どもの姿は見えてないはずである…幸い、その子は声をかけられて立ち止まったので無事だったのだが、なぜ大人が自分で判断ができない子どもの手を繋がないで歩かせるのかわからなかった。たしかに子どもが親の助けがなくてもできることは親が思っている以上に多いことは本当で、親が過干渉であることをめぐる問題はあるのだが、他面、まだまだ親の援助、保護が必要なのに、それをしない親があって困ったものだと常々思っている。

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2009年8月 3日 (月)

時間が足りない

plunge into the height of summer

 花火大会が近づき、連日、近辺は草刈り。電動のこぎりの金属音が響いていたが、「大丈夫か」という声と共に音が途絶えた。ほどなく救急車のサイレンが聞こえてきた。父は幸い気づかなかった。作業をしていた人が車にはねられたようだ。幸い、大事には至らなかったが、家の前にある道は国道へのバイパスになっていて、人がいることなど思ってもいない車が猛スピードで走り抜ける。見通しが悪くいつも怖い思いをしている。この道を父はこちらに帰ってきた頃、よく歩いていた。柿が実っているのを見た父は食べたいと思ったのだろう、外に出て歩いていたところ転倒して起き上がれなくなった。車が三台止まった、と後で父はいっていたが、危ないところだった。見通しの悪い道を犬を連れて横断するのも心配だった。しかし、それもこれも今となっては外を歩いていたこともあったのだ、と外を歩くこともなった今、ずいぶん弱ったものだ、と驚かないわけにいかない。
 仕事が山ほどあって時間が足りない。今月の後半からデイサービスを復活することにした。身体の症状は落ち着いてきた。週に一度でも父がデイサービスに行ってくれると、その間仕事ができる。食事の時間以外は寝てばかりいるので帰ろうと思うのだが、行き帰りの時間が惜しいのと、歩くにはあまり暑いので夕方までいる。
 写真はベニシジミ。この暑い中元気に花から花へと飛んでいた。

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2009年8月 2日 (日)

上げ膳据え膳

here comes the sun

 雨が止み日が射してきたので、写真を撮りに出かけた。といっても、父の家の前といっていいくらいの場所だが。蝶がたくさん飛んでいた。これはシジミチョウ(の一種)
 来週は花火大会があるのだが、今年の問題は父の家の近くで行われるので父がどんな反応をするかである。見たいというかもしれないが、その場合はどうするのか、とか、その時間は常は寝ている時間なので眠れないと翌日こたえるのではないか、とか心配はつきない。
 父が「上げ膳据え膳でありがたい」という。父の不安を消すことくらししか今はできることはない。

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2009年8月 1日 (土)

早起きは三文の…

quo vadis ...

 今朝は久しぶりに早起きをして写真を撮りに行った。帰ってから雷雨になったのには驚いた。天気予報に反して今日は晴れるのかと思っていたが、予報どおり雨が降った。しかもかなり降ったので、父の家は雨漏りがして大変だった。
 今日も父は落ち着いていて、食事の時以外はずっと寝ていた。本当は起きている時に話をするのがいいのだろうが、急ぎの仕事をたくさんかかえているので、台所で電子レンジで温める数分の間も本を手にしていることに気づき、われながら余裕のなさに驚く。父は夕食が終われば、これで今日の仕事終わり、と宣言すればいいのだが、僕にとってはそれからが始まりである。
 介護も仕事もマラソンのようなものだが、力を入れすぎて短距離走のように最初から力が入りすぎてしまいよくない。父は話したいこと、話さないといけないことがあると自分から話すので、そうではない時はこちらからは積極的に話はしない。二人で暮らしていた四半世紀前と同じである。
 写真は蓮の葉。
tumblrを始めました<目下、英語です>】
twitter;最初は独り言の世界でしたが今は違ってきました】

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