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2009年7月21日 (火)

不安が切々と

 昨日は昼頃までゆっくりして父のところへ出かけた。行くと父は今し方眠ったばかりということだった。朝も前日に引き続きテンションが高く一睡もしなかったが、この後は今日も力が抜け、また以前のようになったように見える。僕ももう何もよけないなことをいわないでおこうと思うので、一緒に昼食をしていても互いに何も話さない。
 『作家が過去を失うとき』(ジョン・ベイリー、朝日新聞社)には、哲学者であり、作家のアイリス・マードックが晩年アルツハイマーに罹患してからの生活が書いてあること。既に何度か引いたが、そこにはアルツハイマーについて次のように書いてある。
 「アルツハイマーは、ひそかに忍びよる霧のように知らぬ間に周りのすべてを消し去るまで、ほとんど気づかれない病気だ。その後、霧の外に世界が存在しているなど信じられなくなる」(p.175)
 これに続いて、ベイリーは、脳の働きに強い刺激を与えるとう実験的な薬があるが、そのような薬の効き目はごく一時的であり、効いている短い間でも患者を混乱させ、恐怖すら植えつける、という。この薬は父が今服薬しているアリセプトではないだろうが、薬でなくても、何かをきっかけにして不可逆的とされる病気が一時的に改善することが実際あることを父を様子を見て知った。家族としては医師から服薬を、たとえその薬が改善を期待できないものであっても、進行を遅らせることがある(ほとんど飲んでも効かないということではないか)と勧められたら断ることはないだろう。
 父が、読んでおいてほしい、と夜中に書いたものを見せてくれた。ノート1ページにわたって、今の不安が切々と訴えてあり、胸を突かれた。

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日記」カテゴリの記事

コメント

お久しぶりです。
私の74歳の母は昨年の今頃に比べれば体調もいいようですが、
自分から何かをしようとする意欲はほとんど無くなってきています。
うつ症状改善のために服用していたパキシルを
半年振りくらいに再処方してもらったら、
痙攣が始まって中止せざるを得なくなりました。
会話と言えば戦争直後の話や、週二回通う
デイサービスで会う人のプロフィールを
毎回話してから本題に入るので時間がかかり、
私も母と話すのが苦痛になってきました。
こちらが心配すれば強がるので今現在の母の本心を計りかねます。
戦争のため学校にもろくに通えなかったので字を書くことが苦手の上、
忘れた字も多く、日記や病状を書くこともできません。
お父様の不安はどんなことだったのでしょう。
不安や恐怖をぶつけられて解決してくれと言われても困りますが、
紙に書いてもらえると落ち着いて受け入れることだけはできるので、
うらやましく思います。

投稿: ちばちゃん | 2009年7月23日 (木) 18時47分

 父の不安については23日の日記に書いたとおりです。狭心症の既往歴があるのです。心筋梗塞になった僕には父の不安はよくわかります。長く父と話しました。少しは不安が軽減すればいいのですが。
 父がノートに書き付けるというのはよほどのことです。もう何ヶ月も字を書くということがなかったので驚きました。
 父と話をするのは苦痛というわけではありませんが、仕事をしていますから父の都合で時間を取られるのが困ります。それは父にはわからないことで、僕が後からその分を埋め合わせればいいだけのことですから、この頃は、何もいわずにすぐに聞く体制に入ります。同じ話でも細部は違います。そこに注意して聞いています。

投稿: 岸見一郎 | 2009年7月23日 (木) 23時38分

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