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2009年7月 3日 (金)

天を仰ぐ

fly to the sun ...

 今日は聖カタリナ高校で講義。残りが少なくなってきた。講義を先に進む必要もあるが、質問がたくさんあってそれに答えることを優先している。教科書があるのだから(『アドラー心理学入門』)それを読んでおいてください、と学生にはいっているが読んでくれているかどうか確かめたことはない。
 10月から姫路に教えに行くことになっているが、父のことで慌ただしくしていて講義の日程が決まっていたかわからない。確認して、それに向けて父の看護、介護計画を立てなければならない。その日、デイサービスを利用しなければ父をおいて遠方まで講義には行けない。問題は父が行くことに同意してくれるかということ。もっと介護認定の度合いが上の方も利用されているということなのだが。明らかに僕の都合のために父に無理を強いるようで悩んでしまうのだが。
 過日、講演依頼があったが、父の介護を理由に断らなければならなかった。講演開始時間を変更してまで話を聞きたいと再度の依頼があり、ありがたかった。
 写真はベニシジミ。天を仰いでいるように見えるこの蝶が好きで、何枚も撮ってきた。
 
 ティム・オブライエンの『世界のすべての七月』(村上春樹訳、文春文庫)を半分ほど読む。ベトナム戦争がアメリカに残したものが、30年ぶりに開かれた同窓会に集う男女の人生になお色濃く影を落としている。彼〔女〕らは皆幸福には見えない。しかし、そのことがすべて戦争に責めを帰することができるかというとそうはいえないだろう。
 同じオブライエンの『本当の戦争の話をしよう』(村上春樹訳、文春文庫)を前に読んだ。好戦の話も、反戦の話もないが、夢中になって読み耽った。
「結局のところ、言うまでもないことだが、本当の戦争の話というのは戦争についての話ではない」(p.140)

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コメント

この間はコメントのお返事を有難う御座いました。
公の場にコメントを書いた自分の行動の目的を知る事ができました。
やはり、行動には目的があるんだなぁ~と納得しました。
簡単に言うと罪悪感、でもかなり屈折した罪悪感で、長くなるので辞めておきます。

今日、コメントを書いているのはディサービスをと考えられている事が嬉しくて書いています。

明らかに僕の都合のために父に無理を強いるようで悩んでしまうのだが。

家族を介護をしている人の中には身内が一番よい介護が出来ると思っている人達がまだ多くいます。
確かにそれはある意味事実ではありますが・・・・。

でも本人に必要なのは社会的な関係を作ることなんだと思うのです。
行くところが出来て、新しい人間関係が出来て(認知症の人には無理と思われるかもしれませんが、、、そうではないのです。私が実際施設で看て来たのは認知症の人同士が集まるという事なのです。そこで落ち着きを取り戻すことさえあるのですから人間って本当に不思議だと思います。)(何も話をしていないのに横に来て座ると落ち着くようなのです。)
どんな状態であれ、自分の仲間、気の合う人間関係を求めているんだなぁ~~って思いましたよ。
外に出て、人と触れ合うことで疲れ、夜、ぐっすり眠れたら朝は気持ち良く起きれる筈。
これも、私が経験した話で恐縮ですが、家に閉じ困っている利用者を朝訪問するといつも元気がないのです。
タンスの中のものが入れ替わっていたり、旅行の準備をして待っている人もいましたから・・。
夜中にさぞ忙しかっただろうと労いましたよ。(笑)

もう、ケアマネさんと話を詰められたかもしれませんが・・・。
朝、身体介護30分をとり、誘導をプロの介護士さんに
お任せしたらどうでしょう??

一番その方にあった言葉を知って居る筈です。
例えば
「時間になりましたよ」とか(時間に敏感な人用)
「今日の温泉はどんな湯でしょうねぇ~」とか
「今日もお仕事でたいへんですねぇ~、そろそろ出かけましょうか」とか
「00さんがお待ちですよ」
「行かないと皆が淋しがりますよ」
「施設の人がお話をききたいと言っておられますよ」
「来てくれるのを楽しみに待っているらしいですよ」とか
ここからは創作。
「00さんの絵を見たい人が来ているらしいですよ」
「絵を一緒にかきたい人が待っていますよ」
「教えて欲しい人がいるそうです」
って、私なら声をかけるかも??

身内が嘘で誘導するのには抵抗があるでしょうからプロの任せれば良いと思います。

確か、私の記憶では家族が出来ない身体介護は介護保険の適応範囲だと思います。
勿論、ディサービスに行く準備をしながら声掛けをして
誘導するのがプロの仕事です。

ご家族は居なくてもいいし、居られても「そうらしいですよお父さん」と言って見送ればいいのですから~。

その嘘は本当になることもあるのです。
手先の器用なお祖母さんは認知症でも編み物したり、書道をしたり、絵を描いたりと自慢げでした。

やはり、人間は最後の最後まで人の役に立ちたいのだと
思います。何で役にたてるかを知っているのは家族。
やはり、キーパーソンは家族。

ほら、私だって、人の役にたちたいと思ってコメントを書いている。

それでは

お父様の世界が広がりますように!!
良いディケアーサービスの施設でありますように!!

ちゅ~す。

投稿: Lindenbaum | 2009年7月 5日 (日) 23時31分

 コメントありがとうございます。身内が一番よい介護ができるとは思っていません。デイサービス再開にあたってはいくつか問題があるので、でも、やがて長い時間父を見られない日が確実にくるのでその時までになんとかしようと思います。父の場合、(おおざっぱないい方ですが)心臓疾患と貧血があって、少し歩いたり、何かをすると息も絶え絶えになってしまいます。去年の11月頃は犬と散歩していましたし、入院前は二回だけですがデイサービスにも確かに行ったのですが。この点については医師にも相談しなければなりません。

投稿: 岸見一郎 | 2009年7月 6日 (月) 22時48分

ご迷惑と知りつつ
もう一度だけ投稿を許してくださいネ。
新しい出発の為に必要なのです。
人の役にたちたいのではなく、自分の為に・・・・。

コメントを書いて認知症の人を誘導するのに四苦八苦している自分が見えた。

そして、身内が介護して呉れることを一番望んでいる人が頭を過ぎった。

母73歳・父79歳の頃から父がパーキンソンを患った。
最後、経管栄養で亡くなるまでの4年間を母は一人で介護したのでした。
母にとっては仕事、自分の役割を果たすことで躍起になっていた。
少しでも楽にと思ったヘルパーさんの導入も1ヶ月で、
全て自分のやり方が良いと断固断った。
私のやり方も受け入れなかった。

その内、外に出さないので昼夜、逆転し母自身も睡眠さえ取れなくなっていた。
身体が固まり動きにくくなっている父の入浴。
流動食を作り24時間を父と2人で過ごした。

二世帯住宅なので兄が必要な時には手伝ったが、元来人の世話になるのが嫌な人なのだ。

父がなくなった時、兄も私も涙は1滴も出なかった。
「お父さん、やっと楽になりましたねぇ~。よかった。
ご苦労様」と母ではなく父に言ったのでした。

母は立派すぎるほど立派に介護をした。
でも、父は本当に嬉しかったのか?と思う時もある。
子供3人に「他人の手などに任せるな」と言われたようで、兄も私も圧を感じた。

「お金儲けと、死に病はあまやおろかではない」と
言った父の言葉を思い出す。

・・・・・長生きしたくない、老後を心配している自分がそこに居る。
私が繋がらなくてはいけないのは自分の家族。

私は人様の日記に土足で上がってしまったようです。
内容がリンクしてしまったと思うのはあまりに虫がいいように思います。
本当にごめんなさい。
そして、色々なことに気づかせて下さった事に感謝します。
ありがとう ございました。

帰国の際には「アドラー心理学入門」を読んでみようと
思います。

投稿: Lindenbaum | 2009年7月 8日 (水) 23時50分

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