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2009年7月の記事

2009年7月31日 (金)

なんでやろう、と

 父はわりあい落ち着いている。食事をしたことを忘れる。なんでやろう、と首を振ってまた寝てしまう。夕食を終える、これで今日の仕事終わり、といって笑う。
 今日は父をヘルパーさんに任せて、久しぶりに書店に出かける。読みさしの本が山ほどあるのでしばらく本は買わないと決めてからそんなに日は経っていない。仕事で必要な本は楽しみで読む本とは違う。
 『森有正先生と僕 神秘主義哲学への道』(伊藤克彦、新曜社)。森有正の本格的な研究がまだ書かれていない、フランス文学者では哲学者森有正が理解できなくなるから、僕以外にそれはいないのではあるまいか、と思いついた、という「はじめに」の言葉に引かれて手に入れた(この本は半分、仕事関係。でも、森有正関係の本なら迷わず買っただろう)。

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2009年7月29日 (水)

4度目の夏

year in and year out

 今日は往診を頼んだ。少し迷ったのだが、父に事前に話しておいた方がいいと思って話したら、最初は「めずらしいなあ」と(初めてなのに)まるで他人事のようないい方をする。不整脈を訴えていたではないか、心臓が止まったと悲愴な顔でいっていたではないか、といってみたくもなったが黙っていたところ、ほどなく父は怖い顔をして起きてきた。「なんで先生を呼んだんだ。きてもらうほど悪くない」というのである。訪問看護の指示書を書いてもらう必要があって月に一度は受診することになっているのだが、幸い、前の月のような問題もなく、しかし、連日の暑さの中とても行けないと思っていたので、往診はありがたかった。
 父がこちらに帰ってきて9ヶ月になる。この先どうなるのかと思う。父を放っておくことはできないが、仕事をしなければ生きていけないのである。
 おりしも夕刊に要介護の認定基準が4月に変更になったばかりなのに早くも見直されることになったという記事があった。父は来月調査を受けることになっているが、修正前の基準が適応されるとどうなるか不安である。
 蓮の写真を撮り始めて4度目の夏。病気になって三年経ったということである。

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2009年7月28日 (火)

その名前は聞いた

in need of charging

 エアコンを使わずに過ごしている。いつもは父と体感が違うので、エアコンの調整でもめるが、今日はもめることはない。ヘルパーさんに任せて買い物に出かけ(父の夕食や洗剤、トイレクリーナーなど)帰ってくると父は起き上がってはいたが、ぼんやりしていて、ヘルパーさんが帰られるとまた寝に行ってしまった。昨日は看護師さんがこられていても、終始うつらうつらしていた。怒鳴られるのもいやだが、こうも反応が希薄だと食事の時以外は帰ろうかと思ってしまうが、行き帰りの時間が惜しいので、仕事のために持ち込んでいる本の山と格闘している。
 「それは何を読んでいるのだ」
とふいにたずねる。アドラーの伝記を読んでいた。英語の本なのだが、父は、表紙を見て、
 「アドラー…その名前は聞いたことがある」
というので驚く。僕の本が出版される度に目を通してくれてはいたようで、2005年に出版したエドワード・ホフマンの『アドラーの生涯』(金子書房)を電車の中で読みながらきた、といつか家にきてくれた時にいっていたことがあった。その本は父がこちらにきた時に持ってきた本の中にあったが、読み通したかはわからない。来月に出版される本の見本刷は10日くらいに届くと聞いているが、はたして父はわかってくれるかどうか。
 明日は主治医に往診を頼んだ。

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2009年7月27日 (月)

好機を逸しない

add beauty to the wild flower

 朝、駅から父の家に向かって歩く時にカメラを必ず鞄から取り出していつでも撮れるようにしている。この頃は白鷺や青鷺が間近の空を滑空していることがあって、そんな時にすぐにカメラを向けられないで何度も残念な思いをしてきた。
 アカツメクサにヒメアカタテハがとまっていた。

 来月の半ばに新刊が出ます。
 『高校生のための心理学入門』(アルテ)
 高校生限定というわけではありません。思春期の子どもをお持ちの親にも読んでほしいと思って書きました。主張したいことがあっても若い人はそれを率直に表現することができず、自分だけが不利になるようなことをすることがあります。そのようなことをしばしば見聞きし、残念に思ってきました。

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2009年7月26日 (日)

梅雨明けを待ちかねて

bathed in the sun

 激しい横殴りの雨が降っている。窓を開けていると廊下が濡れる。我慢できなくなってエアコンを入れる。
 梅雨は明けたのか、まだなのか。戻り梅雨なのか。雨脚が強くなると古い父の家ではあちらこちらが雨漏りする。
 二年前の今頃にとった向日葵の写真(7月23日)。今年はようやく芽が出たくらいである。手術後、重いものを持つことには気をつけなければならなかったが(まだバストバンドをしていたかもしれない)、小さなデジタルカメラなら問題はなかった。

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2009年7月25日 (土)

ああ、よく寝た、と

Summer...too hot

 金曜日は11時から1時までヘルパーさんにきてもらう日だが、学校が休みなので講義には行かなくてもいいので、いつも学校に行っていた時と同じように、父が朝食後寝たのを見届けてから家に帰った。用事があって市役所に寄ったので時間を取ってしまったのだが、久しぶりにまとまった時間を原稿を書くことにあてることができた。父のところに戻ると昼食後すぐに眠ったらしい。急いで帰ることもなかったかと思ったが、ヘルパーさんから父の様子を聞くことができてよかった。
 3時から訪問看護。ずっと傾眠状態。あれほど夜中の不安を訴え、その上、不整脈まで訴えていたのに、どうですか、とたずねられると、今はいいですよ、と機嫌よく答えることに驚く。もちろん、実際そのとおりであればと思うのだが。
 普段はあまり父とは話さないが、力になれたら、と思う。前日の話で少しは父の不安が軽減すればいいのだが。朝、行ったら父の第一声は「ああ、よく寝た」だった。

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2009年7月23日 (木)

父の不安

what a heavenly day!

 父が思い詰めた表情で、もしも夜中に何かあったらどうしたらいいのか、という。狭心症の既往歴があって冠動脈にいくつもステントが入れてある。何度も検査入院を繰り返していたが、僕の方が父よりも悪くなって、三年前に心筋梗塞で倒れたのだった。父のいう不安は僕にはよくわかる。不整脈が出るようだ。「心臓が止まったんだ」と真顔でいう。
 僕はこんなふうにいって父の不安をのぞかなければならなかった。急に何かが起こることはない。必ず前駆症状があって、それについては週に二回看護師さんがこられ、定期的に病院にも行っているし、僕も毎日注意しているから、夜中に倒れるというようなことが起こる前に、入院することになるはず。何よりも、そんなふうに不安になることが心臓には一番よくない。「では、心配しないでいいんだな」「しなくていい」。きっぱりといいきらなければならない時がある。もちろん、本当のところは何が起こるかは誰にもわからない。明日は看護師さんがこられるが、その時に父が不整脈の話をするかどうか。いつも話をしたら落ち着くのか、明日看護師さんに話そうな、といっても、看護師さんを前にすると、よく眠れます、といってしまうのだ。もちろん、父がいわなければ僕がいうことになるのだが。

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2009年7月22日 (水)

次も見られるか、日食

When will I be able to see you again?

 朝から日食のことが気になったが、あいにく曇りで無理かと思っていたところ、twitterで日食が見えたという報告があって、カメラを持って父の家の前に出た。一瞬だったが、厚い雲の合間から欠けている太陽を見ることができた。46年前と同じ場所で見ることができた。次は26年後…
 父がいるのでなかなか外に出て行けなかったが、何枚か写真を撮ることができた。家に入った時、ふと気配を感じて顔を上げたら父が台所に立っていた。今日の父は目が覚めた時に僕の姿が見えないと探しにきた。お前がいないから、というのだが。

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2009年7月21日 (火)

自由の使徒

when Buddha was born ...

 人はどんな状況でも自由にいられる。今日は父のところでPhillys Bottomeの"Alfred Adler"を再読していた。"The Apostle of Freedom"という副題がついている。自由の使徒。
 昨日、郵便局のATMで振込をした。最後の最後になって、この時間は通帳、またカードでしか取り扱えないという表示が出て驚く。最初に表示すべきではないか。それに、郵便局から振込をするからといって郵便局の通帳、カードを持っているとは限らないと思うのだが。今日やり直し。
 どうすれば父の不安を軽減できるのだろう。
 5時になってもいつものように起きてこなかったので、心配になって父の部屋に様子を見に行った。夜もこれくらい寝られたらいいのに、と思うほど熟睡していた。

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不安が切々と

 昨日は昼頃までゆっくりして父のところへ出かけた。行くと父は今し方眠ったばかりということだった。朝も前日に引き続きテンションが高く一睡もしなかったが、この後は今日も力が抜け、また以前のようになったように見える。僕ももう何もよけないなことをいわないでおこうと思うので、一緒に昼食をしていても互いに何も話さない。
 『作家が過去を失うとき』(ジョン・ベイリー、朝日新聞社)には、哲学者であり、作家のアイリス・マードックが晩年アルツハイマーに罹患してからの生活が書いてあること。既に何度か引いたが、そこにはアルツハイマーについて次のように書いてある。
 「アルツハイマーは、ひそかに忍びよる霧のように知らぬ間に周りのすべてを消し去るまで、ほとんど気づかれない病気だ。その後、霧の外に世界が存在しているなど信じられなくなる」(p.175)
 これに続いて、ベイリーは、脳の働きに強い刺激を与えるとう実験的な薬があるが、そのような薬の効き目はごく一時的であり、効いている短い間でも患者を混乱させ、恐怖すら植えつける、という。この薬は父が今服薬しているアリセプトではないだろうが、薬でなくても、何かをきっかけにして不可逆的とされる病気が一時的に改善することが実際あることを父を様子を見て知った。家族としては医師から服薬を、たとえその薬が改善を期待できないものであっても、進行を遅らせることがある(ほとんど飲んでも効かないということではないか)と勧められたら断ることはないだろう。
 父が、読んでおいてほしい、と夜中に書いたものを見せてくれた。ノート1ページにわたって、今の不安が切々と訴えてあり、胸を突かれた。

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2009年7月20日 (月)

力をなくす

hidden to the other world ...

 夕方になって強い雨が降り出す。父の家は川のすぐ近くにあって増水するとこれまでもたびたび浸水したので心配だった。これからたびたび雨の心配をしなければならない。
 今日は朝、力が入らなくて、妻が見かねて代わってくれた。娘が学校に行ったのも(今日の祝日は休みではない大学が多いようだ)知らずに寝て起きると力が少し戻ったきたようである。昨日は妹が代わってくれ、上機嫌で昔のことなどを話していたようなのだが、夕方は機嫌が悪くなった。僕が挑発していた、と妻はいい、そのとおりだとは思う。何もできないと思うよりも、できると思っている方がいいと思っているが、この頃は朝トースト一枚しか食べていない、と何度も真顔で話すことに我慢がならなかった。僕にとっては父は昔から変わらない、同じ父なので、病気なんだから、と割り切ることができない。
 写真は日曜の朝、早起きしていつもとは違う池まで出かけて撮った蓮。

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2009年7月18日 (土)

今年も同じ場所に

flower refreshing to see

 早く起きれば写真を撮れるのはわかっているのになかなか起きられない。すぐに気温は上がるが、朝は清々しい。今年も木槿が咲く。

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不遜なこと

 今日は読書会。プラトンの『饗宴』読了。遠方からも参加してくださる人があってありがたい。早めにきた人と一緒に父も昼食を取る。その後、いつものように寝に行ったが、休憩時間に父を起こす。常は僕は間食を父に許さないのだが(体重管理のため)今日ばかりは間食を公然とできるので、読書会をする、と前日にいうと、嬉しそうな顔をした。
 前の日記の続きだが、正直にいうと、こんなになりたいとは思えない。自分もこんなになりたいと思って介護ができるかというと、僕にはできない。自分の言動を忘れるということはどう考えても怖いからである。もしも僕が自分もこんなふうになりたいと思えるとすれば、父のこれまでの人生も今の父の人生もすべてひっくるめて肯定できるとすればのことである。しかし、僕が父の人生を肯定するなどもとより不遜なことだろう。父の人生を評価することができるはずもない。
 明日は妹が昼間介護を代わってくれる。一人ではとても身が持たないのでありがたい。

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2009年7月17日 (金)

こんなになりたいと思えるか

 朝、父のところへ行くと、機嫌が悪いことが多い。父が夜中に書いたノート。最後に書いたのは5月の初めだった。明け方に胸痛がするという。看護師さんには調子がいいといっている、と指摘したので、そのことを思い出して書いておかねば、と思ったのだろうか。狭心症の既往歴があるので心配。夕食を食べずに寝た、と書いてあって驚く。よほど空腹だったのだろうか。夕食を抜かすことなど絶対ないのだから。
 父のところに昨日からPowerBook G4を置いてある。自宅ではMacBook Airを使う。こうすれば荷物が少しは軽くなる。インターネットに繋がらないコンピュータは仕事がはかどる。もっともiPhoneがあると結局同じことなのだが。
 また鷲田清一の本からなのだが、老人保健施設の看護師の言葉が引かれている(『噛み切れない想い』p.143)。自分もこんなになりたいと思えるかどうか、そこにこそ認知症看護のすべてがかかっているのではないか、と。多くの介護が自分はこんなになりたくないという本音を隠し持ちつつなされるのとは違ってということである。はたして、こんなになりたいと思えるというようなことがあるのだろうか。

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2009年7月16日 (木)

何もしないことにも

2009年7月15日水曜日
variety is the spice of life

 用事があって訪問入浴後父が寝入ったのを見届けていったん家に戻る。暑い中移動すると体力を消耗する。この頃は食事の時間以外は横になって寝てばかりいるので、午前中ゆっくりしようと思ったが、父のことが気になって落ち着かず11時頃に父のところへ戻った。
 昨日も引いた鷲田清一が、われわれの社会が、何をするわけではないが、じっとそばにいるということのもつ力を評価することを忘れていることを指摘している(『噛み切れない想い』角川学芸出版、p.76)。僕自身が認めていないのだと思った。だから一日父と一緒にいてもこれといったことをしていないと思ってしまうのだが、受動的なふるまいがもつ意味を認めることができなければ日々の介護はつらいものになる。何もしていないわけではないのだ、と思いたい。
 毎年写真を撮りに行く池で咲く蓮の種類は一つしかないが、同じ蓮とは思えないほど見せる表情は多様である。

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2009年7月14日 (火)

おかしくするひと

 昨夜はさてこれから日記を書いて寝ようと思った頃に校正の仕事が入り、それどころではなくなった。娘がレポートを書いていたので、ちょうどよかった。レポートはどう書けばいいか、とたずねられても、娘が望むようなことは答えられない。悪戦苦闘したようだが、締切の枚数の半分くらいまでかけたところで突破口を見つけたようで、その後は一気に書き上げたようだ。当然のようにコンピュータを使って書いていた。
 祖父母のイメージを高校生にたずねたら、家族、あるいは、両親のあいだをおかしくするひと、と答える生徒が増えたという話を鷲田清一が伝えている(『噛み切れない想い』角川学芸出版、p.175)。
 我が家では、父とは目下同居ということにはなっていないが、親との共同生活が始まると問題が表面化するということはわかる。
 問題ではなくても、近くに父が戻ってきて、僕が昼間父の家に介護のために通い、休みの日は妻(娘にとっては母)も家にいなくなるということは、それだけでも十分家族関係に影響を及ぼす。それまでほとんど話題にならなかった父のことを話しているのを娘は聞いているだろうし、僕が疲れていらいらすることがあることも知っているはずである。「おかしく」するのは親ではないだろう。そう思えば簡単だろうが。
 連日、早くも猛暑。ついこの間まで寒いといっていた父もさすがに冷房を入れてくれ、というようになった。夏なのに体重が減り続けている。食欲が落ちたわけではない。

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2009年7月13日 (月)

与えられた事実から

summer rolled around again ...

 日曜の朝、今年初めて近くの家まで行って、蓮の花を撮る。写真を撮るようになって三回目の夏がめぐってきてまた蓮を見ることができてうれしい。病気になってから、と数えれば四回目の夏。
 金曜日の講義の帰り、電車の中で隣にすわっていた人から話しかけられた。たった一駅なのになぜ特急に乗るのかとたずねられ(特急で一駅という意味)、父をヘルパーさんにみてもらっていて、1時までに帰られないといけないからという話をしたところ、その人は87歳で卓球をし、毎日1万歩歩いている、といわれるので驚いた。父より若いと思っていた。こればかりは人さまざまなので、比べることはできない。なぜ父は、と考えても始まらない。与えられた事実から出発するしかない。
 新しい一週間。

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2009年7月11日 (土)

停電した時に…

 目下、使っているコンピュータはMacBook Air。これがメインのコンピュータである。この前に使っていたのはPowerBook G4。心筋梗塞で入院していた時も、その一年後バイパス手術を受けた時も病室に持ち込んで、リアルタイムで闘病記をネットに送った。入院していた時、突然停電したことがあった。僕は寝ていて何も知らなかったがMacを使っているという看護師さんがPowerBookが(僕ではない)大丈夫だったか部屋まで見にこられたことがあった。キーボードがよくできていて未だに手放せない。
 iPhone 3G Sは今日で手に入れて一週間。キーボードを画面に出して、ローマ字入力で日本語を書くことができるが、クロスの日本語キーボードで速く打てるようになってきた。僕はiPhoneを右手で縦に持ち、親指で入力している。「あ」を長押しすると上下左右に文字、例えば「あ」の左に「い」上に「う」右に「え」下に「お」が出てくる。これを理屈なく打てるまでに練習しようと思っている。
 先に紹介したTwitterrificの不具合は、絵文字のキーボードを外したら使えるようになった。

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人生が変わる

 ヴァイツゼッカーの研究会。僕が参加してからは一番の盛会で、10人。早いもので、心筋梗塞で入院していた時に見舞いにきてくれた友人に誘われて三年になる。bふとその友人のことを思い出して、家にきていて返事を出せていなかった葉書を家人に頼んで持ってきてもらい、返事をしたところ、善は急げ、と見舞いにきてくれて、会のあることを知ったのだった。運命論者ではないが、ふと思いついたことで人生が変わる、と思うことはある。それがよかったのかどうかはまた別の問題だろうが。今日は発表があたっていたので、最終的な準備のために朝常よりかなり早く起きた。出変えるぎりぎりまで父のところでも準備した。かなり疲れたので、今夜こそは眠れるだろう。やっとエアコンの交換が完了。快適。
 金曜は聖カタリナ高校で講義。これで11回講義をした。休みを挟んで9月に2回講義すれば終わる。残念。
 名前だけ知っていて読まなかった作家の本をきっかけがあって読み始めると止まらないことを最近何度も経験した。そうなると、名前を知らなかったわけではなかったのい、これまで読まなかったことが不思議に思える。
 本ではないが、twitterのことをたまたま知って登録して使い始めたら、CNNニュースなどでtwitterのことがニュースとして読み上げられていた。朝日新聞にもtwitterに言及した記事があった。きっと前から報道されているはずだが、見落とし、聞き落としていたのだろう。どんな使い方ができるのかとなお模索中。

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2009年7月10日 (金)

誰にもわからない

 今日(9日)は訪問看護の日で、去年教えた学生が実習のために同行。去年教えていた時には父が帰ってくるということはまったく思いもしていなかったことなので、不思議な気がする。例年は4月から7月まで教えたら、もう卒業まで学生に会うことはなかったので。
 父は今日も朝方目が覚めた時の不安を訴える。「一緒に住めないのか?」と突然たずねるので驚いた。「それは無理」「なんでだ」と少し緊迫した話になる。
 「じゃ私はこれからどうなるんだ」
 「それは誰にもわからない」
 現状のままでなくなるとすれば、一つは父の病状の悪化、もう一つは主たる介護者である僕の病気が再発し入院が必要になることが考えられる。そうならないようにできる限り症状の進行を緩やかにすることに努めるしかない。もっともそのためにできることがあるのかはわからないが、父が今書いたような不安を感じないでいられるようになってほしい。認知症の患者は今、ここに生き、先の不安はないというのは本当ではない。
 どうしても昔のことが時系列に思い出せない、と父がいう。これやあの断片的な記憶は蘇るが、前後関係がわからない。長い時間父と話した。

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2009年7月 8日 (水)

iPhoneにアプリを

 iPhoneを4日に買って以来、楽しんでいる。まだわからないことがあって、基本的なことがわからず、とまどったこともあったがもう大丈夫だろう。
 アプリがたくさんあって迷う。
 ○iStat-System Monitoring
 アプリを同時利用するとメモリーを使う。電源を切って再起動すればいいのだが、このアプリで簡単にメモリを解放できる。
 ○Evernote
 テキスト、写真、音声などを記録できる。コンピュータ版のEvernoteもあって、データを共有できる(データはサーバーに保存される)。おかげで寝る時も、横に置いて思いついたことなどをメモする羽目に。ノートに手書きして後で読めないという心配はなくなった。
 ○Twitterterrific
 実は僕の使い方に問題があるのか、閲覧はできるが、テキスト入力の際、打ち間違ってdeleteキーを押すと(触れると)、入力した文字がすべて消えてしまう。コンピュータ版が便利で気に入っていたのだが。
 twitterを最近始めました。

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力は漲って

 昨夜は暑くて寝苦しく何度も目を覚ますことになった。近くの池に蓮の花が咲いているので、朝撮りに行こうと思ったが、天気があまりよくなかったのと、何よりも力がなかった。朝食前に写真を撮りに行けるように早起きしたい。
 このところずっと仕事が立て込んでいて、何をするか迷うこともない。迷うとすれば仕事の間の休憩と称して、どの本を読むかということだが、何を読みたくなるかわからないので、毎朝、たくさんの本を持って行く。大半は読めず、また持ち帰るのだが。
 父はこのところ力がなく、食事以外の時間は寝ている時間が長くなってきたので、食事以外の時間は帰ろうかと思うのだが、暑いと外を歩くのが億劫になってずっといることになる。10分時には15分ほど早く食事の時間に起きてきて、僕の仕事には関係なく(昔、父と暮らしていた時と同じである)食事を用意することを要求する。今日は待ってほしい、といったらひどく不機嫌になった。後、不愉快な感情を引きずってしまうのがいやなので、いつもは父がいいだす前に台所に立つのだが。
 思うようにいかないこともあるが、力は漲っている。

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2009年7月 7日 (火)

事実でなくても真実

Ikaros with unmelted wings

 昨夜はよく眠れなかった。エアコンは結局土曜日に交換ということになった。気が遠くなるような未来のことに思える。父のところに泊まるというのは一つの方法ではあるが。
 司馬遼太郎の『ひとびとの跫音』に、登場人物の一人が名前と年齢をたずねられ、そんなことはカルテに書いてある、ばかにするな、と怒る場面がある。父はこれまで何度か検査を受けたが、そのたびに横で見ていてはらはらした。今日は何日とたずねられても即得できないかもしれない。父は今は日付を知っていなければならない生活をしていない。病院では病室から途中何度もエレベータにも乗り迷路のような病棟を歩いた後で、ここは何階ですか、とたずねられても答えられるはずもない。父が「私も82歳になった。私の周りを見てもこんなに長生きした人はいない」と話す時(実際には80歳)、これは事実ではないが、父にとっては真実なので、誰もそれを否定することはできない。間違えていても父の人生には何の障りもない。
 娘が通う大学(の一つの学部)でインフルエンザに罹患した学生が二人いて休校に。インフルエンザは影を潜めたわけではない。
 写真を撮りに出かける時間がない。今朝は早く起きたので、蓮の花を撮りに行こうと思ったが、力がなかった。介護にも仕事にも体力がいる。

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2009年7月 6日 (月)

電車の中で走るように

 今日は僕の受診日。前日から妹が泊まりにきてくれて、その間、父を見てくれた。おかげで安心して診察に臨むことができた。採血の結果は良好で安堵した。LDLが引き続き下がる。最近、頻繁に夜中に目が覚め、よく眠れないことが続いたが、リバロ、ゼチーアとは関係がないだろうということだった。疲れているのに眠れないのはつらい。
 エアコンが故障したのに、完全に故障するまで使え、とマンションの管理会社が妙なことをいうので抗議したら(29日)取り換えてもらえることになった。ところがこの決定が出たのがようやく7月2日で、翌日3日に今使っているエアコンの型番を伝える。その後、音沙汰がなく、今日になってようやく「立て込んでいるので」来週の(!)火曜(14日)の午前にしか工事ができないという連絡があった。僕は昨夜「本当に」動かなくなったということ、火曜日の午前といわれてもいないということ、土曜、日曜のいずれにしか在室しないということを告げたら、再調整するということになった。エアコンがないと苦しい。勝手に換えるわけにいかない。今ならどこの店でも即日工事してもらえると思うのだが。酸素が足りない魚のような感じである。
 こんなことも含めて心が散漫になってしまっていけない。電車の中で走るように、というべきか。

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2009年7月 5日 (日)

哀しい

 昨日は昼から妻に代わってもらって、まず故障しているプリンターの修理を試みたが、機械的故障で直すことはできないことがわかった。かなり酷使したのでやむをえないとも思うが(修理費は新しいものを買うよりは安いとはいえ、修理費はかなり高いし即日修理完了ということにはならないだろう)、一から設定をするのはめんどうだと思ってしまう。
 めんどうといえば同じほどめんどうなのだが、昨日、一年悩んだすえiPhoneを買った。携帯会社を変えることに抵抗があったのと、番号を変えずに移行する事務手続きが煩瑣そうなので二の足を踏んでいた。後者については、販売店で電話をするだけでできることがわかり、それなら、とメールアドレスが変更になることに目をつぶり、この機会に変える気になってしまった。アドレスなどを携帯電話から移行するのは、普通の携帯同士のように簡単ではなかったが、これもあまり問題なくできた。病気になって以来、携帯電話を使う機会も激減したので、両手で数えられるくらいの人のアドレスで一人一人入力してもよかったのだが、思いがけずこれは今使っているMac(MacBook Air)とはコンセプトの違う、コンピュータであることがわかり、携帯電話を買った時の興奮と、コンピュータを買った時の興奮が同時に起こったのか、夜遅くまで眠れなかった。
 ところで明日今度は父ではなく僕が受診する。その間、父を一人で待たせるわけにいかず、今回は妹にその間父をみてもらうことにした。僕なら歩いても15分でこられるが、妹はそういうわけにもいかず、今夜から泊まりがけできてくれる。その妹のことが誰か父はわからない。それでも僕たちの父であることに変わりがないのはいうまでもない。この頃そういうことがわからなくてなあ、と父は笑うが、僕は笑えない。

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2009年7月 3日 (金)

天を仰ぐ

fly to the sun ...

 今日は聖カタリナ高校で講義。残りが少なくなってきた。講義を先に進む必要もあるが、質問がたくさんあってそれに答えることを優先している。教科書があるのだから(『アドラー心理学入門』)それを読んでおいてください、と学生にはいっているが読んでくれているかどうか確かめたことはない。
 10月から姫路に教えに行くことになっているが、父のことで慌ただしくしていて講義の日程が決まっていたかわからない。確認して、それに向けて父の看護、介護計画を立てなければならない。その日、デイサービスを利用しなければ父をおいて遠方まで講義には行けない。問題は父が行くことに同意してくれるかということ。もっと介護認定の度合いが上の方も利用されているということなのだが。明らかに僕の都合のために父に無理を強いるようで悩んでしまうのだが。
 過日、講演依頼があったが、父の介護を理由に断らなければならなかった。講演開始時間を変更してまで話を聞きたいと再度の依頼があり、ありがたかった。
 写真はベニシジミ。天を仰いでいるように見えるこの蝶が好きで、何枚も撮ってきた。
 
 ティム・オブライエンの『世界のすべての七月』(村上春樹訳、文春文庫)を半分ほど読む。ベトナム戦争がアメリカに残したものが、30年ぶりに開かれた同窓会に集う男女の人生になお色濃く影を落としている。彼〔女〕らは皆幸福には見えない。しかし、そのことがすべて戦争に責めを帰することができるかというとそうはいえないだろう。
 同じオブライエンの『本当の戦争の話をしよう』(村上春樹訳、文春文庫)を前に読んだ。好戦の話も、反戦の話もないが、夢中になって読み耽った。
「結局のところ、言うまでもないことだが、本当の戦争の話というのは戦争についての話ではない」(p.140)

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2009年7月 2日 (木)

あの頃と同じではない

going against the stream ...

 昨夜来の雨で、朝父の家に行ったら一箇所雨漏りがした跡があった。川は増水していた。前日撮った百合は強い雨に打たれてむざんなことになっていた。
 今日は訪問看護実習に去年教えていた学生が看護師さんに同行してきた。「この学生さんは息子さんが教えてられたのですよ」と看護師さんがいうと、父はほぉと笑顔になった。去年、教えていた時には(4月から7月まで教えていた)父が帰ってくるという話はまったくなかったので、こんな形で再会するとは思ってもいなかった。
 父と今のように二人で暮らしていた頃の話をした。あの頃はいつも息詰まるような緊張が続いた。今、父のために食事を用意しているが、時間をかけないが、あの頃はカレー粉を炒めてカレーライスを作るというようなことをしていた。父にはまったく受けなかったが。それを思えば、今は父は食事を出すと「ありがとう」という。変わってないのは僕だけ。

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2009年7月 1日 (水)

いつも手遅れか

melancholic sunshine ...

 父の日のプレゼントのつもりでふと思いついて買った鉢植えのハイビスカスが一日おきに大きな花を一輪咲かせる。今日は初めて二日続きで花が咲いた。この写真は28日の夕方に撮った。西日が差し込んでくると、二階は暑い。
 朝、行くと父はもう着替えて待っていた。「いらっしゃい」というので驚く。今はおはようではないか、というと朝だとは思ってなかった。昨日病院へ行ったので疲れたのだろう、ぐっすり眠れたようだ。
 疲れたのは父だけではない。父が昼食後寝に行った後で、僕はソファに横になった。まだそれからほとんど時間が経ってない時に、父のすり足が聞こえてきた(この頃はこんなふうにしか歩けない)。父は僕を見て「起きなくていい。寝ていたらいい」といってくれるのだが、そして、それは間違いなく父の優しさなのだが、本当は、帰ってもいいといってほしい僕がいる。
 「昼ご飯食べたかな」とたずねる。もうこの質問には驚かなくなった。「僕にはご飯のことしか話してくれないなあ」というと哄笑する。いつも空腹を感じているようだ。「いや、実際のところ、夕食を食べないで寝ることはあるんだ」と真顔でいう。もちろん、そんなことは<決して>ない。
 父が物忘れがひどくなったと訴え始めたのはいつだっただろうか。僕は本の中でこのことについて書いたことがあった。その時、年がいけば誰にでもある物忘れではなかったのかもしれない。49歳で死んだ母の時も、脳梗塞について知識がまったくなかった。あの時と同じ後悔の念にとらわれている。もちろん、早く手を打てばなんとかなったかは今となってはわからないのだが、一人で暮らしてために気づかなかったトラブルを回避できたかもしれない。

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