« どんなご縁で | トップページ | 縁があれば »

2009年6月 3日 (水)

忽ち暖かい風が

 右目がひどく充血している。ワーファリンという血管内で血液が固まることを防ぐ薬を服用していることが関係があるのかわからないのだが、二日経っても治る気配がない。仕事を父のところから持ち帰るのだが、夕食がすむと思うように進まない。
 夏目漱石のエッセイを最近読んでいる。修善寺の大患の後に書かれた『思い出す事など』を読む。自分自身の病気の体験を重ねると、病気の前に読んだ時よりも漱石の心持ちがわかるように思う。ことに漱石が吐血した後経験した(それを経験といっていいのか疑問だといっているが)「死」についての記述はよくわかる。胸が苦しくなって枕の上の頭を右に傾けようとした次の瞬間、赤い血を金盥の底に見た。この間の三十分の死は「時間から云っても、空間から云っても経験の記憶として全く余にとって存在しなかった」。
 病気の人のことを知って多くの人が見舞いにやってきた。漱石はいう。
 「世の人は皆自分より親切なものだと思った。住み悪いとのみ観じた世界に忽ち暖かな風が吹いた」
 「余は病に生き還ると共に、心に生き還った。余は病に謝した。又余のためにこれ程の手間と時間と親切とを惜しまざる人々に謝した。そうして願わくば善良な人間になりたいと考えた。そうしてこの幸福な考えをわれに打ち壊す者を、永久の敵とすべく心に誓った」
 同じ思いである。
 堀江敏幸の『本の音』(晶文社)で、『フランス名詩選』(岩波文庫)のことを知って手に入れた。14世紀から20世紀半ばまで60人の詩人の詩が収めてある。しかも、知らなかったのだが、対訳になっていて原文も読める。自分の力を棚に上げて、詩を翻訳で読んでもね、と思い込んでいたのである。アンソロジーなのできままに本を開けて、気に入った詩句を読める。ちょっとした生きる喜び。

|

« どんなご縁で | トップページ | 縁があれば »

日記」カテゴリの記事

読書」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« どんなご縁で | トップページ | 縁があれば »