« もう何でもできる | トップページ | いつも手遅れか »

2009年6月30日 (火)

声をかけられなかった

 今日は父を連れて病院を受診。予約してあっても、採血などの検査があるので早く行かなければならないし、父は病院に行くといったらもう待ちきれないのである。家にいても、病院で待っていても同じということにして、予定していた時間より早く出かけた。
 よくはなっていないが、減らせることができた薬もあり、入院ということにもならずよかった。脱水状態にならないようにという注意を受ける。昼間は父といるのでお茶などを飲むように勧めることができるが、夜は飲んでいない。入院した時に水分制限が課せられたことをいつまでも父は覚えていており、その記憶はリセットできない。今日も「水は飲んでいいのですか?」と驚いた表情で主治医にたずねていた。
 採血を待っている時に、聞いたことがある名前を耳にした。35年ほど前に教えを受けた先生の名前だった。その頃はおそらくは30歳くらいではなかったかと思う。不幸にして二年も教えてもらったのにその先生の教えてる教科が好きになれなかった。当時の先生の話し方まで覚えている。その時の面影と今の姿が一致するまでにはしばらく時間がかかったが、人間違いではない、と確信した。
 やがて父の名前が呼ばれた。先生の横に並んで採血をする形になった。父の名前を聞いて、表情がわずかに、しかし、たしかに動いた。そして、最初に父の、次に僕の顔を眺める視線を感じた。名字がめずらしいからか、ふいに古い記憶を呼び覚ましたのかもしれない。しかし、結局、はっきりとは思い出されなかったように見えた。声をかけるべきだったのだろうな、と後で思ったが、車椅子に父を乗せて検査をいくつも受けるという状況では緊張していて、気持ちに余裕がなかった。それでも、声をかけられないわけではなかっただろうに。それを思いとどまらせる何かがあった。
 本を読んだり、原稿を書くことは、今の僕には少しも苦痛ではない。

|

« もう何でもできる | トップページ | いつも手遅れか »

日記」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« もう何でもできる | トップページ | いつも手遅れか »