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2009年6月 8日 (月)

いや、意味がある

poison-stopper

 父はこの頃はちょっとした所作でもひどい息切れがし、昼間も横になって(寝て)いることが多いが、自分で食事もするので、まずは穏やかな日が続いているが、それでも日々いろいろと問題がある。朝、声をかけた時に一度で返事をしないとついにこの日がきたか、と思ってしまう。熟睡していただけだった、とすぐにわかるのだが。ああよかったと思ったところで、その気持ちを保持して一日を過ごせればいいのだが、夜の間にいろいろなことが起こっていて、平静ではいられなくなる。
 昼の間食事以外の時間、少しも起きてこないので、父にこういってみた。
 「昼間起きてこないから、僕がいる意味がない。明日から食事の時だけきて帰ってもいい?」
 父は言下に答えた。
 「いや、意味はある」
 「どんな意味があるというの?」
 「お前がいてくれるから私は安心して寝られるのだ」
 少し斜に構えて聞けば、僕の生活はどうなるというのだ、とか、父は寝られても、僕はその間疲れても寝られないではないか、といってみたくなるが、こんなやりとりになるとは思っていなかったので驚いた。また明日も朝(当然)行くだろう。遅くまで仕事をしているので、朝、百回くらい行かなくてもいい理由を考えている。考えてもどうにもなることではないが。

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