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2009年6月 9日 (火)

父の激昂

the rainy season will begin soon ...

 父の家の前の田んぼで田植えが始まった。蛙が一斉に鳴き出す。
 父のところで一日を過ごすとほとんど歩くことがないので、昨日自転車を置いて帰った。歩くと15分くらいなのだが、食材や本などの荷物が多く、朝、後悔。
 朝、何事もなく一日を始められてほっとしていたが、昼食時につまづく。どんなにしんどいといっていても食事の時間になると父は起きてくる。12時にはまだ10分ほど早かった。後、10分と時間を気にしながら仕事をしていたら、父が食事にしようという。まだ12時になってない。少し待って、といったところ、それを聞いて父が激昂した。「お前というやつはなんと細かいことをいうのだ。12時じゃないか。わかった。もういい。何もしなくていい。放っておいてくれ」。もちろん、放っておくはずもないが、強い調子でいうことに驚き、台所に立つことになった。こんなことなら、父を待たせなければよかったと今日二度目の後悔。父にはいえないが、昼間、父のところに常駐していても、僕にも仕事があるのだから、いわば「ながら」介護しかできない。これは立場的にそういうのであって、実際には、危険なことがないか不断に注意しているので、その意味では「ながら」どころではない。父を置いて用事を済ませるために外出している時でも、意識が離れない。「ながら」でもその意味では手抜きはでいないし、もう一つの「ながら」の仕事でも当然介護しているのでということは、例えば、仕事の締切を守れないことの理由にはならないし、仕事の質を落としていい理由にももちろんならない。感情をあらわにされると困惑してしまうが、昔の父のようだと妙な感慨がないわけではない。
 父のところに紫露草があった。

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