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2009年4月 3日 (金)

ここは躑躅が

 堀江敏幸の『めぐらし屋』(毎日新聞社)を読む。堀江の作品は小説よりも、エッセイとも評論とも小説ともいえない独自のスタイルで書かれたものが気に入っているのだが、大きな事件が起こるわけでもなく、ゆったりとしてテンポで進行する出来事をゆっくりと読むと少しずつ引き込まれていった。
 急死した父親が残した「めぐらし屋」と表紙に書かれたノートを手にした娘の「蕗子(ふきこ)さん」が父の過去の謎を探っていく。筋とは別に僕自身のいくつかの出来事が蘇ってきて、本を置いて僕自身の記憶を探っていくことにもなった。
 今朝、ケアマネージャーさんに父が「ここは躑躅が咲くのですよ」と話しているのを聞いた。今はまだ咲いていないので、過去の記憶がふいに蘇ったことがわかった。たしかにこれから躑躅が咲く。昔、この家に住んでいた頃、朝、目を覚ますと、部屋がピンクに染まっていて驚いたことがあったのを思い出した。父が躑躅のことを覚えていたのは嬉しい。
 『めぐらし屋』を読んでいて、僕も父のことは何も知らないことにあらためて思い当たった。過去のことを知る母もいない。父の友人からは僕が知らないことを聞けるかもしれないのだが。
 作中に出てくる百科事典の話は中学生くらいの時のことを思い出させた。今も探せばあるはずだ。毎月一冊ずつ配本され、届くと端から端まで読んだという記憶があるが、もちろん、実際にはbrouseという言葉を後に知ったが、拾い読みをしただけなのだろう。

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コメント

この本、私も読みました。百科事典のところでは夫が結婚当初持っていた英語版のもののことを思い出しながらよんでいました。義父が大学生になった夫に買ってあげたもののようでしたが、かなりの冊数があり引越のたびに邪魔になって、その度に一体お義父さんは何を思ってこんなの買ったんだろうねえ???と普段ほとんど父と息子の交流がなかったみたいだったので、不思議に思っていたことを思い出しました。結婚して数年後に亡くなったのですが、なにかと不思議な人だったのでもっといろいろ交流したかったといまだに残念です。もし、死後の世界があるなら会いたい人の1人です。

親のことは私も知らないことだらけだな、と思います。そういえば、父のお葬式の時に伯母が両親の交際期間のエピソードとか若い頃はどんな様子だったかをなぜかえんえんと話していました。弟は聞いていましたが、私はそういうのは聞きたくないな~と思ったのかずっと離れていました。知っても知らなくてもどっちにしてももう過去のことなのに、おかしなもんです。

投稿: mari | 2009年4月 3日 (金) 22時38分

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