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2009年3月 7日 (土)

濾過器

my father's favorite flower

 今日は訪ねてくる人はなく、静かな一日になった。父は食事の後長くはすわってられず、横になってくる、と寝室に戻る。取り残された僕は帰ることもできず仕事を始めたが、集中できない。前夜遅くまで起きていたので、頭がぼんやりしていた。ここは横になることができない。ソファに横になれないことはないが、窮屈この上ない。それでもしばらく眠ったのだろう。父が起きてきた音で目が覚めた。昨日の話が功を奏したのか、自分の家であることを納得したように見えたが、ここでお母さんと暮らしてたやろ…父は微笑むが、思い出せなかった。もちろん、僕もこの家で生まれ育ったのだが、子どもたちとの生活も父の世界にはもはや存在しない。退院後、一時的にこんなふうになって恢復するというケースはこれまで見てこられましたか、と昨日看護師さんにたずねたらそういうことはあるということだったのだが。過去を失うことは怖いことではないか、と。僕は迷っている。こんなこともあった、あんなこともあったと昔の話をすることが父にとっていいことなのかどうか。鶴見俊輔が濾過器という言葉を使っていた。大事なことだけが残るという意味である。
 写真は父が毎日飽くことなく眺めている椿。今日は冷たい雨に打たれて震えているように見えた。

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コメント

 この写真、周りが柔らかくぼけていてとても素敵ですね!こんな風に私も写してみたいです。どのように写されたのでしょうか?よかったら教えてください。

投稿: mari | 2009年3月 7日 (土) 22時43分

 背景はもともとこんなふうなのですが、さらにiPhotoというソフトを(1/80, f/4.8)使いました。

投稿: 岸見一郎 | 2009年3月 8日 (日) 09時05分

ありがとうございます。やってみます。

投稿: mari | 2009年3月 8日 (日) 16時19分

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