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2009年3月26日 (木)

北風と太陽

momentary glow of sunset ...

 これは昨日撮った写真。雨が降ったり、日が照ったり、曇ったりする寒い日だったが、夕方、窓からこんな夕日が見えた。父がすわっている席から見える眺めは、父の介護、看護にくるスタッフが一様に驚かれる。郊外の小さな駅だが、一日に何本も発着する電車が見える。田んぼの中を通る道を歩く人の姿も見える。寒い日はイソップの「北風と太陽」さながらの光景が見られる。身体を前に傾け、風に精一杯抵抗して人が歩いていると今日は寒いのだな、と父はいう。暖かい日はどの人も背中を伸ばして歩いている。家のすぐ横には椿や木蓮が咲いていて、ヒヨドリが飛んできては花の蜜を吸っているのが見える。起きてすわっている間、父はずっと外を眺めている。僕はふと退屈しないだろうかと思うのだが、入院していた時、しきりに父が使っていた「退屈」という言葉を父はたしかにいわなくなった。父にすれば、僕が一日中、本を読んだり、キーボードを叩いていることを不思議に思っているかもしれない。
 今日は父は元気なく食事以外横になっている。テンションが高い日が数日続くと、反動のように力をなくす日が続くようだ。

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コメント

 真っ暗な隠れ家から外をのぞいているような感じがする写真ですね。
 お父様も今はきっと、退屈という感覚がどんなものかも忘れて景色を見ておられるのでしょう。ヒヨドリが来ると「おや?何か見えるぞ」と目を凝らして追うことで心に刺激をもらっておられるので対比効果で退屈な感覚もよみがえると心地よさ心地悪さが言葉になり、少しずつ回復されることでしょう。
 一日中、視聴者のの気持ちはお構いなしに一方的に流れているテレビを見ているだけよりはうらやましい環境に思います。希望の夕陽ですね。

投稿: ちばちゃん | 2009年3月28日 (土) 21時40分

 実のところ、僕もよくぼんやりと外の景色を見ていることがあります。
 父は今どんな時間を生きているのだろうと思います。
 テレビは最近はあまり見ていません。横になった時、大音量でテレビを観るのですが、すぐ消します。入院していた時との大きな違いです。

投稿: 岸見一郎 | 2009年3月28日 (土) 22時44分

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