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2009年3月31日 (火)

記憶の中にしか

 朝から病院に行くというので父のテンションは高く、予約が入っているのに、早く行けば早く診てもらえる、といってきかない。手近にあった(僕の本だが)森鴎外の小説を開け、待ち時間に読むべくポケットに入れる。
 病院で車椅子を借り、すわるように勧めると恥ずかしそうにする。入院中は毎日使っていたのだが。たずねるまでもなかったのだが、この病院に長く入院していたという話をしたら、何も覚えていなかった。もちろん、僕が毎日病院に通ったことも。そのことについて何かをいってほしいわけではないのだが、あの日々のことは父とだけ共有した経験であり、その時のことを後になって父が言及してくれたら、夢の中での出来事ではなかったと確信できるが、いわば僕の二ヶ月の歴史は僕の記憶の中にしかもはや存在しないことになる。
 とはいえ、僕が記した日記の中にはたしかにこんなことが書いてあるのだ(2009年1月7日)。大学の講義を終えて、遅い時間に父を病院に訪ねていった帰りの父の言葉である。
「お前が毎日きってくれるからそれだけでもどんなに気が楽か。あまり話すわけでもないけどな」
 父がそれを覚えていなくていい。
 採血、レントゲンとも結果は良好。もとより治癒したわけではないが、一番の問題だった貧血は改善してきている。退院した頃のことを思えば、呼吸はたしかに楽になってきている。

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日記」カテゴリの記事

コメント

 体調は良くはないけれど小康状態の母が数日前から肌寒いらしく、先週自分で片付けた湯たんぽを出してきました。
 寒かったら体にホッカイロも貼るように言っても「そこまで大げさにしなくていい」と応えるのでそれ以上強く言わずに買い物や用足しに出かけ、帰宅すると母が珍しくメモを書いていました。覗くと「何だか熱が高い気がしてねぇ」と言います。
36.4、36.7、36.8、36.5 等3~4時間の間に10回くらい測ってメモしています。
「平熱36度くらいだよね、微熱や熱の上がり初めでゾクゾクするの?」と聞くと
「ああ、そうか33度が普通だと思っていた、なら大丈夫だ良かった良かった」と言います。思わず「どうしちゃったの?」と言いたい気持ちを抑えて
「数字よりも自分の体の感じ方が大事だから、どんな感じがするの?」と聞いてもバツが悪いのか「大丈夫、大丈夫」とごまかします。こういう状況のときの母の顔はしわが深くなり、表情が強張っていたり、笑っていても仮面のようにノッペリした感じがして、不気味な雰囲気が漂うので障らぬ神にたたり無し、とばかりに少しばかり距離を置いてせ接するようにしますが、そういうことからますますコミュニケーション能力が落ちていくのだろうなと解っているだけに切ない気持ちになります。

投稿: ちばちゃん | 2009年4月 1日 (水) 18時10分

 入院していた時、父が家から体温計を持ってきてほしいというのです。毎日、計ってもらっているはずなのでいらないだろうというと、何度か教えてくれないんだ、というのです。それは問題がないからだといってもあまり納得したようには見えませんでした。体感よりも数字のほうがわかるともいいたそうでした。そして、こんなやりとりをしていると、表情は父の場合もこわばります。僕が元気ですと、粘り強く話すのですが。

投稿: 岸見一郎 | 2009年4月 2日 (木) 11時14分

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