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2009年3月21日 (土)

今と複数の過去

under the radiant sun ...

 原稿は無事送ることができた。今日はオフにしようと思ったが、仕事は山積、そういうわけにもいかない。
 朝、父のところに行くまでが気が重い。行くと、父が落ち着いていさえすれば、一日静かに過ごせるのだが。時々言葉を交わすが、父は椿にくるヒヨドリや、道行く人をじっと眺めている。鳥が枝に止まると教えてくれる。昔、父と暮らしていた頃は一体何を話していただろう。父は、僕がすることを止めるようにいうようにと母に命じるが、母は、僕がすることはすべて正しいと応じなかった。その防波堤のような母が亡くなって以来、父の批判は直接僕に向けられるようになった。
 今はもう父は何もいわない。
 父のところへ行きたくなるように、読みたい本をたくさん置くことにした。家で続きを読めないとなると、父のところへ行くしかないという状況を作った。読み終わった本が増えたので、一度、持ち帰ったが、その後はそのまま積み上げている。
 父は、今と複数の過去を自在に結びつけて生きているように見える。父の時制に過去形はない。現在形だけを使う。過去は、今、想起される限りにおいて現在である。
 看護師さんとこんな話をしていた。
 「こうしてじっとしているとね、息は楽なんです。でも、私には心不全があって、これはもう治らないので、どうしようもありませんが、動くと、〔一階にある〕トイレに行って階段を上ってくる時は息が切れます」
 父は今は階段を使うことはない。そのことを僕は知っているので、父が今のことではなく、階段を上り下りしていた過去のことをいっているのがわかるのだが、父には過去と現在の区別はない。

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