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2009年2月13日 (金)

共通の理解

 学生の答案を読んで気づいたのだが、あることについて問題があるという内容の話をしたにもかかわらず、問題だと指摘した内容については記憶に残らず、取り上げた言葉だけが残っていて、それを学生の(僕のではなく)解釈にしたがって使っている答案が散見された。もちろん、解釈が違っていることはいいのだが、講義で聴いた、とまで書いてあると困惑する。
 人との対話でも、同じ言葉を使っていても、どこまで共通の理解に立って話せているかは絶えず吟味しないと、思いもよらぬ誤解も起こりうるだろう。
 過日、用事があって市役所に行った際、かねがね気になっていたことについて一度たずねてみようと思って、窓口をさがしてみた。応対に出た男性は僕くらいか、少し若い人だったが、僕の問いに対して「そういうことは絶対ありません」といわれるので驚く。コンピュータのトラブルでサポートに連絡した時などに「そういう〔トラブルの〕報告はない」といって、こちらの訴えが無視されそうになることがあるのと同じだと思った。現に僕はトラブルの報告をしているのだから、これは前例ではないにしても、現〔在〕例(?)である。「それでは調べてください」というと、それに対しては「調べます」という答えがあった。「長くかかりますか」「はい」…どれくらいかかりますか、と問えばよかったのだろうが、「はい」(沈黙)という対応はどうかと思った。結局、この日は時間がなかったので、出直すことにした。
 父とは今日はあまり話せなかった。

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日記」カテゴリの記事

コメント

 仕事をしていると「共通の理解」の難しさを痛感します。 先日、上司に「仕入れた商品についていた現品票を当社の加工伝票に添付して、加工伝票を得意先向けの仮納品書に起こしておいて。○○会社の2枚の伝票だよ」と言われました。私は「○○会社の加工伝票に添付して、仮納品書まで起こします」と答えたところ、上司はもう一度「2枚の伝票だよ」と念を押しました。私は○○会社の加工伝票を2枚探すのですが1枚しか見つかりません。データとしても1枚しか発行されていません(その伝票は別の人が発行しました)。落ち着いて考え直してみたら仕入れた商品は5枚でそのうちの2枚を加工して売るので、上司が言った2枚とは伝票の枚数ではなく、商品の枚数だったのです。お互いに復唱していてもピントはずれのドツボにはまったらこんなものです。
 人間は、相手が発する言葉そのものに反応するのではなく、相手の気持ちや話し方、声の大きさ、速さに反応しやすく、定期的に聞くチャンスのある人の言葉は特に、試験対策のように傾向の先読みをしがちです。
 近い存在の人の話ほど新鮮な気持ちで聞く心構えを持たなければ、と思うのですが見慣れた顔を見ながら実行するには少しばかり苦痛を伴うようです。

投稿: ちばちゃん | 2009年2月15日 (日) 22時15分

 私の英会話力は必要最低限のことには不自由しなくても細かい話はできないというものですが、意外と英会話の時の方が話がわからなくなると早めに確認、修正するようにしているような気がします。日本語だと、多少誤解したままでもそれを表面的にしないまま、その後の会話で修正方向に持っていけたりもできて、結局それが話を余計ややこしくしたりしているかもしれません。わからないな、おかしいな?と思った時点ですぐ確認すればすむことでも、英会話中にはできても日本語では出来ない、ということがあるなあと自分を振り返って苦笑していました。お互いのために、わからないことは確認するのはいいことだと思って過ごそうと思っています。

投稿: mari | 2009年2月16日 (月) 21時04分

ちばちゃんさん
 「相手の気持ちや話し方、声の大きさ、速さに反応しやす」いというのは本当ですが、あえて、発言の内容に注目することが必要なことがありますね。
 それと少し話は違いますが、慣れると、踏むべきプロセスを省略してしまい、そのことがミスを誘発することはありえます。親しい仲間でも、仕事の関係と割り切る必要がありますね。

投稿: 岸見一郎 | 2009年2月16日 (月) 21時32分

mariさん
 おそらく「多少誤解したままでも」ということはないでしょう。もし多少であっても、誤解していることがわかっていたら、話を止めて聞くでしょうから。十分理解していないことを自覚して、話を聞き続けることはあるでしょう。

投稿: 岸見一郎 | 2009年2月16日 (月) 21時34分

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