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2009年2月13日 (金)

開いたら、最後まで…

let there be light ...

 病院に出かけようとしたら雨が降り出したが、薄いコートにしたら身も心も軽くなった。自転車で行けるくらいの距離にあればいいと思うが、電車に乗るので、おかげで、父の入院来、本を読めている。本を読むということだけを考えると、もう少し遠くてもいいくらいだと勝手なことを思うこともある。乗り過ごしそうになるからである。
 父は身体の具合はいいんだ、というが、意欲がなく、言葉数が少ない。時間が経たない、退屈だ、という父に僕ができることがあるのだろうか、いやないだろう、そんなことをいつも考えながら帰る。

 前にに恩田陸の『ブラザー・サンシスター・ムーン』(河出書房新社)のことを少し書いたが、綾音が「本は表紙を開いたら、最後まで読まなければ。そういえば、私は読み始めた本を途中でやめたことが、恐らく、これまでに一度も、ない」(pp.49-50)といっていることに驚いたことを思い出した。なにしろ僕は常に複数の本を持ち歩き、机にも何冊も並べ、同時に読み、かつ、途中で読まなくなる本も多々あるからだ。途中でやめたことがないとすれば、よほど忍耐強いか、常に興味深い本に出会うという幸運に恵まれているのだろう。
 仕事もいつも同時進行で、疲れたら、別の仕事に移り、疲れたらまた別の仕事をしている。
 ヘミングウェイは、いったん書くのをやめたら翌日また書き始める時までその作品のことは考えない方がいい、といっている。仕事のことは潜在意識に受け継いでもらうというのだ(『移動祝祭日』新潮文庫、pp.24-5)。僕にはそういう潔さがないので、いつも頭の片隅(顕在意識)に仕事があるように思う。

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コメント

潜在意識、という言葉は聞いたことがありましたが顕在意識というのははじめて知りました。私は頭の中がぐちゃぐちゃしているときに寝るとたくさん夢を見るのですが、その間にそれなりに自動的に整理されて起きると多少はぐちゃぐちゃがマシになっているなあ、と思うことがあります。そういうのは潜在意識が受け継いでくれているといえるかどうかわかりませんが、何かしら自分の中の自動的な部分にたすけてもらっているような気がしています。そういえば、無意識というのと潜在意識とは同じ意味ですか?面白い体(脳かな?どこかな?ですが)の仕組みだな、と思います。

投稿: | 2009年2月16日 (月) 21時09分

 顕在意識は僕が勝手に作った言葉なので実際にそんな言葉があるかは知りません。
 無意識が潜在意識と同じかはわかりません。僕が学んでいるアドラーは、無意識といっても、「潜在」しているようなものとは考えていません。

投稿: 岸見一郎 | 2009年2月16日 (月) 21時36分

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