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2009年1月19日 (月)

前から知っていると思って

fly before you look ...

 また父の夢を見た。父がこちらに帰ってきて、その上、入院して以来、いつも考えているのだろう。夢の中の父は30人ほどを収容する病室(もちろん、実際にはありえない)に移されていた。今、使っている薬は感染症を引き起こす恐れがあるので、大丈夫なのだろうか、と不安になった。
 その感覚を引きずって病院にいると父はまた病室を変わっていた。父は転室の意味と必要を理解していなかった。何のために病院に連絡先を教えてあるかわからない。「まだまだ退院できないだろうな」と父はいう。それでも父は今日は退屈だという。「退屈だ。いすはないのか…それならここにすわれ。話をしよう」というので安堵したのだ。
 鶴見俊輔が、病気になる前も後も言葉使いを変えなかった医師の話をしている。
 「患者を、病気になっているという一番低いレベルで見ていないということですね。患者になったとしても、その人間の高いレベルでの姿勢を記憶から削がないということが重要なんですね」(『鶴見俊輔 いつも新しい思想家』河出書房新社、p.6)
 僕と父はもう長いつきあいになるわけだが、例えば、父の主治医や看護師さんたちは父の今の姿しか知らない。もちろん、これは当然のことなのだが、前から知っていると思って、見てもらえたら、といつも思う。病気になっているという状態が鶴見がいうように「一番低いレベル」だとは思わないのだが。

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コメント

 お父上の元気な頃から知っていると思って接してもらえたら、と、思う気持ち、とてもよくわかります。私もそうでしたから。父は今は病気のために弱って衰え、「劣って」いる(少し反応もゆっくりだしなどなど)けれども、だからといってそういう「劣った」人として見て欲しくない、というような。そんな肩肘張った気持ちの中に、「今の父のような姿の人を、劣っていると見てしまっている」と、自ら思っている自分を発見し、自分の中の矛盾に気がついたりしました。
 父が亡くなって今になって思い返すと、昔の父を知っているがゆえに、父の現状にあからさまに顔を曇らせるタイプの人もいれば、「衰え」てからしか知らないけれども、今現在あるがままの父をそのままに一個の人間として接してくれた人(主に介護に携わる方々でしたが)もたくさんおられました。そして、後者の方とのふれあいの方が当然のことながらずっとずっと大きく、父が亡くなった時に一緒に泣いてくれたのも、亡くなってからも尋ねてくれるひとも、後者の方々です。「衰え」てからの出会い、というものもあるのだ、と気づかされました。
 

投稿: なおち | 2009年1月23日 (金) 16時41分

 昔の父を知ってほしいというのも本当なのですが、このことがうまく機能しないことはあるでしょうね。子どもは昔の親を知っていますから、無力な親として現れたことに驚いたり、困惑したり、ショックを受けるという場合です。こんなこともできないのか、というように思ってしまうと、関係はよくなりません。
 今の父は昔の父と違うように見えます。母が亡くなったのはもう四半世紀も前のことになりますが、その後父と暮らしていた時の緊迫した関係が今はよく思い出せないくらいです。こんな場合は、昔の父を知る(思い出す)必要はないでしょうね。

投稿: 岸見一郎 | 2009年1月23日 (金) 23時40分

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