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2009年1月22日 (木)

霧が晴れる時

when the fog clears up ...

 昨日、父のノートに血圧などのデータを書いた看護師さんが誰かがわかった。忘れそうだったので、メモ代わりに、と笑われる。父の病状について質問したら、血液データを諳んじてられるのに驚いた。
 父はこの頃よく大きな声で笑う。僕も笑う。
 カワセミを連日いつも歩く土手から目撃した。目撃とは大仰だが、川面を飛んでいくカワセミは流星を見た後のようにいつまでも心から離れない。
 内田百けん内田百けん(「けん」は門構えに月)は期待通り読み始めたら止まらない。誰かの小説を思い出せるが、誰かわからないと思っていたら、『冥土』(ちくま文庫)の解説を多和田葉子が書いているのを見て、なるほどそうか、多和田葉子だ、と思った。この解説は秀逸。たしかに多和田が指摘するように、内田の小説には土手がよく出てくる。死者は土手を歩く。土手の向こう側は見えない。しかし、と多和田はいう、土手だから普通は向こうには川があるだろう。三途の川。
 考え事をしていたらもう日が変わる時間になってしまった。明日は用事が重なってしまった。午前に受診(僕の)。夜、講演。その間に父のところへ行き、父の犬の世話をする。
 霧が晴れる瞬間が好きだ。この土手の向こうには何が?

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コメント

毎日のお父様のお見舞いお疲れ様です。私もこのところよく病院に行きます。介護認定5の義母は、最近体調を崩す事が多く、施設から電話がかかればいつでもすぐいけるように、スタンバイしているような状態です。嚥下がうまくいかなくなり、赤ちゃんの離乳食のように、食べ物は全てどろどろ状態で、スプーンで1さじずつ食べさせます。しょっちゅう行くので、同じユニットのおばあさん達と親しくなり、よく話をします。話をしているうちに、自分がここで癒されている事に気がつきます。歳をとった人は、たとえ介護を必要としても、そこにいるだけで意味があるのですね。いつかこの日常が終わる時、今まで見えなかった何かを見つけると思います。

投稿: おりひめ | 2009年1月23日 (金) 17時58分

 父は個室に移ってしまいましたので、同室の患者さんがなくなってしまい、実際には話す機会はありませんでしたが、連帯感のようなものはありました。もう少しいたら話ができたかもしれません。僕は今は元気にしていますが、僕も同じ病気だったのですよ、と話したかったのです。でもそういうことではなく、人生の先輩から伝わってくる気迫に満ちた態度から学ぶことが多かったです。今は父から感じています。

投稿: 岸見一郎 | 2009年1月23日 (金) 23時52分

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