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2009年1月23日 (金)

受診/講演

 今日は昨日書いたとおりのハードスケジュールで疲労困憊。予定が重なるのはめったにない。今回は父親の入院は想定外だった。
 採血をしたところ、結果はよくなかった。遺伝的なものだろうということで新しい薬を処方された。この一月、毎日平均すると1万歩歩いていた(今日は2万歩を超えた。これは新記録)。いい結果が出ると思っていたが、運動や食事とは関係なく、動脈硬化が進むことはあるようだ。ストレス。
 3時前、父のところへ。朝、第一日赤に行ってきた、といっても、父は格別の反応はしない。別にいうことでもなかったが、どこか悪いのか、くらいたずねてほしかったのだろう。
 夜は、九条保育所で講演。1時間半講演をして、その後質疑応答。反応がよく、楽しいひとときだった(と僕が感じたということだが)。数人の人が同時に手を挙げられる。この保育所には初めてきたが、もう長くきていなかった母の実家(があった場所)の近くであることに気がついた。一つ思い出が蘇ると、いくらでも思い出される。

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日記」カテゴリの記事

コメント

先日、脳科学者の茂木先生が「思い出と言うのは時々思い出すとその思い出が成長する。」とおっしゃっていました。アドラー心理学でもニュアンスは少し違いますがそういうことがあるなぁと思いました。

投稿: shoko | 2009年1月24日 (土) 08時08分

 例えば、ある人について今意味づけを変えると、それに伴って、その意味づけに対応した思い出を無数にある思いでの中から選び出します。たとえ同じエピソードであっても内容が微妙に、またはかなり変わります。「成長する」という表現はおもしろいですね。

投稿: 岸見一郎 | 2009年1月24日 (土) 08時54分

母が亡くなってずいぶん経ってから祖母の家へ年賀に訪れた時のこと。祖母が出してくれたおせち料理の中にあったぼうだらが、母の味と同じだったのに驚いたことがあります。考えたらあたりまえなのに、母の思い出と重なって胸が熱くなりました。何でもないことがふと思い出される瞬間。

投稿: ぼにぃ | 2009年1月24日 (土) 11時59分

 考えたらあたりまえ、なのですか。味付けとか料理のことなどはうまくいえないけど母から子どもへ伝授されるようなものなのだろうか。講演の最初に祖母の家のことを話そうと思って住所を思い出そうとしたら、最初すぐには出てこなかったのですが、思い出せました。単なる記憶ではなく、いろいろな思い出がまつわりついた情動的記憶とでもいうようなものだったかもしれません。

投稿: 岸見一郎 | 2009年1月24日 (土) 18時46分

あたりまえじゃないのかな?舌は母を覚えていたという感触です。その母の舌を育てた祖母の味はやはり母に伝わり、私たちの舌に伝えられたと思うのです。しかし、母の味はあるいは姑に仕込まれたかもしれないものですし、そう思えば、あたりまえじゃないかもしれませんね。
情動的記憶、母に関してはどんどん広がりますね。それは母のことを私たちがどれほど愛していたかということなのでしょうね。

投稿: ぼにぃ | 2009年1月24日 (土) 22時13分

 舌が覚えていたのは確かにそうですが、舌が味を教えたわけではないでしょう。
 母に関しては、というと父ががっかりします。父は今は「ありがとう」と必ずいいます。そんな父を見ていると、記憶が蘇るかもしれない。

投稿: 岸見一郎 | 2009年1月24日 (土) 22時57分

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