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2008年12月11日 (木)

必ず支えになる

 10日水曜日は父が始めてデイサービスに行った。8時に迎えのバスがくることになっているので、常より少し早く行くと既に朝食を済ませていた。いつもの運動靴ではなく革靴を履く。足が腫れ、もう長く革靴を履けなかったが、利尿剤の効いたのかきれいに腫れが引いた。
 僕は父を送った後、大学へ行く。先月来大学に行っている間父を一人にすることが不安でならなかったが、安心して過ごすことができた。ところが帰ってすぐにその足で父の家に行くと、父はめずらしくひどく感情的に開口一番「今日は疲れた。あんなんかなん。みんな待ってるだけで、退屈だった」という。はその件でスタッフと何度も電話で話す。
 訪問看護にこられた看護さんの前ではデイサービスのことについてたずねられた時に、わりあい穏やかに話した。
 「何かをするということをはっきりいってもらったいいのに何もいってもらえないので退屈。もったいない。こっちも何をしたいといえない」
 今日は風呂から上がってきた時、
 「しんどかった。これから人がいる時に風呂に入るようにする。何かあったら声をかけられるように」
という。散歩も一人で行かないようにしてほしいと頼んだ。心臓の具合はよくないようだ。その後、昼食時、嘔吐。今週は毎日のように訪問看護にきてもらっているが、今日のような日は心強い。
 父はこの頃は僕が持って行く新聞(一日遅れの新聞)にもあまり目を通していないように見える。夕食時、少し新聞に書いてある話をしてみた。ソニーの大規模リストラ計画について話をすると、父は「不況ということを理由にしているに過ぎない」という。最近は昔のことをいろいろとたずね話していたが、こんな話もしてみようと思った。
 今日は用事があれこれあって、原稿はあまり書き進めなかった。『痴呆を生きるということ』(小澤勲、岩波新書)を読む。認知症について教えられた。この病気が介護者の対応によってずいぶんと変わるのはわかる。叱責されるとそのこと自体は忘れているように見えても、自分がどんな立場にあるのか、どのように周囲に扱われているかという漠然とした感覚は残るという。反対に、苦労して一緒に旅行しても、帰ってきた直後に旅行に出たことさえ忘れてしまう。それは家族にすればがっかりさせられることである。だが、と著者はいう(彼らは認知症の人を指す)。
 「そのような心遣いは必ず彼らのこころに届き、蓄積され、彼らを支える」(p.32)

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日記」カテゴリの記事

コメント

 母は低血糖状態時用にブドウ糖をいつも持ち歩くカバンに入れています。私が、色々な状況も考えて通院時にあと数個もらってくるように言っても「いいわ、いいわ大丈夫」と言ってとりあいませんでした。ある日の風呂上りに低血糖状態になり、母がフーフー言っていることに隣の部屋にいた私は数分気づかず、気づいてカバンの中を探してもブドウ糖が見当たらず、飴とチョコレートを代用にしました。翌日もう一度探してみるとカバンのポケットに入っていました。その後、ブドウ糖の小袋を風呂場、トイレ、冷蔵庫のドアにセロテープで貼り付けました。具合が悪くなった時には声も出なくなるのだと経験してみて初めて分かったようで母も黙って見ていました。
 言葉や行動ではなく、漠然とした感覚は深く心に沈むようです。私の心配を大げさだと笑った母のことを、深く考える力が衰えてきたので言動に深みが無くなってきていると頭では分かってはいるものの、私が幼い頃、私のすることに「やっても意味が無い」と言って私の勇気をへし折ったあの頃から何も変わっていないんだという失望感を頼みもしないのに再配達しに来た郵便配達人のようだと思ったりします。(配達人の顔は私自身でしょうが) この頃になって、腎臓病や糖尿病用の食材を取り寄せる気になった母に「取り寄せても意味が無い」と言ってやりたくなる自分がいます。こういう私の放つ漠然とした感覚は厚い雲のように母の心に沈むのだろうか、それは私が望んでいることなのかとも考えます。
 先日、介護のセミナーに参加してセミナーの後で介護福祉士の方に「母の事が嫌いな時が増えてきた。要介護1という軽度な分、今の生活が果てしなく続く気がする」と話を聞いてもらいました。「僕も嫌いと言うか苦手な入居者の方もいます。そう思うことはいけないことではなく仕方ないことです。僕たちは仲間に代わってもらったりできるけれど、家族は代わりがないので大変だと思います。」とありきたりのお応えをいただきましたが、自分の気持ちをオブラートに包まず強烈な言葉に表現できて、それを否定されなかったことは霧に少しだけ晴れ間ができた気分でした。

投稿: ちばちゃん | 2008年12月14日 (日) 23時20分

 父の要介護度1で、はたしてそれが軽いのか重いのかはわかりませんが、何人ものスタッフが関わってくださって、まだ始まったばかりでむしろ先週は忙しいくらいでしたが、皆さんよくしてくださってありがたく思っています。
 介護する人のケアは必要だと考えています。上野千鶴子の言葉を使うと「意地介護」になってしまうと大変です。

投稿: 岸見一郎 | 2008年12月15日 (月) 21時15分

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