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2008年11月27日 (木)

疲労困憊

come here if you can ...

 今日は近大姫路大学で講義。食後今日の講義をまとめていた。講義は今回から病気をテーマに話す。認知症の話をよくするようになった。昨日、父と虹を見たことを画いたが、例えば、この経験を覚えていないといったとしたら(今日は講義だったので話す時間があまりなかったので確かめてない)、その虹を見るという経験を共有したということは父の人生にどういう意味を持つのかというような話を終わる間際に急いでした。これはひいてはわれわれが生きている間に経験したことは死後どうなるのかという問題にも関わってくる。
 大学に行く前にいつものように父のところに寄る。昼食を用意し、これは昼に食べること、食後、薬を飲むように、というメモをつけておく。父のノートには、今日は大学に行きます。夕方来ます、と書く。これを見たら、思い出してくれるだろう。
 介護認定の申請は14日にしたのでそこから数えて一月としてもまだしばらく時間がかかる。この頃は父の家に行ったり来たりすることに疲れてしまって、長い時間いることが多い。もっともいろいろと用事があって、細切れの時間しか仕事ができない。それでもコンピュータを持っていくので原稿は進んでいる。ただ僕の場合、かなり長い時間、集中しないと書けないので(原稿の種類によるが)あれこれと用事があって仕事が中断すると、また元の状態に戻るまでに時間がかかるか、二度と元に戻れない。そして振り出しに戻る。

 写真は青鷺。近づいたら向こう岸まで飛んでいった。もう近づけないだろうといわんばかりに。写真をその場で父に見せたら、ほお、ときれいに撮れたなあ、と喜んでくれた。
 父が昔写真を撮ったことはここに書いたかもしれないが、父の描いた油絵を初めて見た。前の家から持ってきたが、父にはまだいってない。また画こうという気になればいいのだが。

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コメント

 生きている間の経験は死んだらどうなるのだろうというようなことなどは、以前は考えたこともなかったですけれど、この頃は思います。どうせいずれ死んだら終わりなんだし・・・と思うと何もかもどうでもいいような無気力な気にもなりますし、でも、せっかく生きているのにそれではいけない気もするし、それならやっぱり生まれ変わりを信じることにしたほうがいいかもとかあれこれ思います。でも、これは今元気だからこんな贅沢なことを言えるのだとも思いますが。

投稿: mari | 2008年11月27日 (木) 15時01分

mariさん
 生まれ変わりなどありませんよ。と断言してはいけないのでしょうが、どうなるかわからないことにかけるわけにはいきませんし、たとえ無になってもなお生きる意味を見出すという方向でいつも考えています。
 「身体が速やかに衰えたり心が動揺することは、〔死ねば〕完全に消滅することの証拠であると恐れる人は多い」(アドラー『生きる意味を求めて』p.55、岸見『アドラーに学ぶ』p.109で引用)

投稿: 岸見一郎 | 2008年11月27日 (木) 19時26分

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