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2008年11月20日 (木)

「全体」を聴く

2008年11月20日木曜日
winter has come ...

 父の愛犬を連れて散歩している時に撮った。もう少し近づきたいと思うのにもう帰るといって聞かないので困った。ちょっとした気配にも逃げるアオサギが今朝はじっとしていた。

 武満徹があるピアノのコンサートの後でこんな感想を記している。ホールのすみでこんな話を耳にしたという。非常に失望した、ペダルの使い方が下手で、低音が濁って汚い、云々。専門の技術批評も及ばぬほど細を穿つ会話はしかし武満を失望させる。この人たちは高い入場料を払って、いったい何を聴きに来たのだろうか、私は大変楽しく聴いたのに、と。
 「それにしても音楽はその全体が肝心なので、ステレオ・プレイヤーの部品を論ずるような技術批評は好ましくない」
 「技術的な品定めもだいじではあろうが、音楽を聴くことがもっともだいじではないか」(『武満徹 エッセイ選—言葉の海へ』ちくま学芸文庫、p.314)
 武満は別のところでこんな話もしている(pp.180-1)。
 友人の一人が小学校時代鉱石ラジオを作ることに夢中になった。最初に音が出た時、大いに感動した。その時流れていた音楽は大変難しそうなもので驚く。それまで音楽というものを意識して聴いたことはなかったが、すばらしいと感じた。
 その曲がベートーベンの第9交響曲であることがわかったのは、後になってからだった。数年後、その人はカラヤンの指揮するベルリンフィルによる第9の生演奏を聴いた。しかし、彼にとっては、鉱石ラジオの遠くから聞こえてくるような音楽の方がすばらしかった。
 小学校の時、鉱石ラジオを作ろうと思ったが、1000円という当時の雑誌に書いてあった材料費を僕は親にほしいといえず断念したことを思い出すとともに、この人が鉱石ラジオから第9を聴いた時のことが想像できるように思った。どんなすぐれた音響装置にも、生の演奏にもこの時の感動を再現できなかったのはわかる。
 武満がいう音楽で肝心な「全体」を聴くというのはこのような聴き方なのだろう。

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コメント

 第九を中一の長男がまだ3歳位の頃一度だけ聞きにいった時のことを思い出しました。夫がその年に亡くなった父親がクラッシックが好きだったからと、第九を歌うために作られた市民合唱団に参加して歌ったのでした。思い出すとつい先日のような気もしますが、もう10年くらい前なのか~!と改めて驚きます。

 音楽を聞くとき、歌詞のあるものは耳で聞いているような気がしますが、クラッシックみたいに歌詞のないものは耳ではなくて体の感覚で聞いているような気が私はします。

 そういえば、先日テレビでオーケストラがでていて、その時いろんな楽器の人をアップで写していました。先生はホルンをふかれていたんですよね?私が見たとき、2人の演奏者どちらとも穴に片手を突っ込んだままふいていました。たまたまなのか、ホルンはああやって演奏するものか、なんなんだろう?あんなことしたら音がでにくいんじゃないの?と不思議に思ってみていました。穴に手をいれるのは何のためなのでしょうか?

投稿: mari | 2008年11月20日 (木) 19時43分

 聞き方は人によって様々でしょうね。
 朝顔(というのです)にはもともとバルブがなかったので、右手で音程も調節していました。バルブがある今も音程と音色を変えるために右手を入れて演奏します。

投稿: 岸見一郎 | 2008年11月20日 (木) 21時50分

そういわれてみればあの部分、朝顔にみえますね。ああやって音色や音程をかえているのですか~。へ~。

投稿: mari | 2008年11月21日 (金) 15時38分

 今日、NHKでオーケストラで一番演奏が難しいのはホルンとオーボエだと言っていたので驚きました。ピアノのようにバルブを押せば決まった音が出ると思っていました。クラシックを演奏するのですから小学校のリコーダーとは違って当然ですよね。
 私が通勤で利用する駅に管楽器専門店があり、時々覘きます。姿形、色の違いなど見ているだけでうっとりして美術館に行ったような気がして「シアワセ」とつぶやいて店を出てくるので店員さんは「何しに来るんだろう」と不思議に思っていることでしょう。

投稿: ちばちゃん | 2008年11月23日 (日) 19時44分

 どちらも難しいです。ホルンは一音一音出すことがすでに超絶技巧を要するといっていいくらいで、もっと管の短い楽器をうらやましく思ったものです(などといったらお叱りを受けそうですが)。ふっと息を吹き込んでから朝顔の先から音が出るまでタイムラグがあります。
 僕は自分のホルンを持ったことがなく今も手元にありませんがあったらきっと写真を撮っているはずです。

投稿: 岸見一郎 | 2008年11月23日 (日) 20時44分

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