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2008年11月 4日 (火)

日なたぼっこ

Let me C your pattern ...

 写真はキタテハ。父と「日なたぼっこ」をしていたら、思いがけず蝶々が飛んでいた。父は若い頃写真を撮っていたので、その時のことをたずねてみたが、どんなカメラを使っていたかなどすっかり忘れてしまっているようだ。
 一日に父の家まで何度も往復する。田んぼの中の道をつっきって川の土手を一生懸命歩く。昨日、最後に行った時は車で帰った。父を乗せるにはまだ練習が必要だ。
 昼から寒いというので外の方が暖かいから、と連れ出す。歩くとすぐに息が切れるので、川を見ながら、長くすわって日なたぼっこをした。その間、ずっとあれこれ話をした。
 今朝は8時に父の家に「出勤」。散歩を終え、朝食を待っていた。僕は食べていたので、父の分を用意し、その後洗濯。昼から一度帰って用事をし、その後夕食の用意する。帰りに買い物に行き、今度は家族の食事を作ることになる。問題はこれがいつまで続くかである。仕事の量、使われる時間はそれほど問題にはならない。仕事をする場所を変える必要があるだけ(少しこれには含みがある。本当は「だけ」というわけにはいかない)だからである。問題は僕と父の対人関係である。これが今後どんなふうになるかは今のところ予想できない。

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コメント

昨日、両親の家に姉と私とその子ども達が集まりました。父はいつも姉の子どもと口論になります。昨日も父と小学校6年生の甥が口論になりました。甥が泣きながら家を出て行ったので、私は「大人の言葉が子どもを傷つけている」と父を責めてしまいました。私は、また父の課題にいわば土足で踏み込んでしまったと後悔している気持ちと、どうしても言わずにはいられなかったという気持ちです。今日もそのことが気になっていました。
最近やっと父との関係が良くなってきたと思っていたのですが、やっぱり難しいです。

投稿: そらまめ | 2008年11月 4日 (火) 21時50分

そらまめさん
 たしかにいわれるとおり、二人の関係ですから、不要に介入するとややこしいことになりますが、どうしても関わるのならやはり手続きを踏まれるのがいいかと思います。どちらか、あるいは、双方に、二人の関係のあり方について考えがあるのだけどいっていい? というふうにです。僕の息子も僕の父とよくぶつかっていました。僕は介入しませんでした。口論にはなりませんでした。息子がただ父を無視しました。

投稿: 岸見一郎 | 2008年11月 5日 (水) 15時34分

岸見さん、ありがとうございます。「手続きを踏む」練習をしていきたいと思います。対人関係において私のできること(してもよいこと)は、今まで私が考えていたことよりもずいぶん少ないかもしれないと思いました。

投稿: そらまめ | 2008年11月 5日 (水) 21時36分

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