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2008年10月 9日 (木)

丁寧に話そう

 前回は最後に、大人と子どもは対等であるということを指摘しました。知識と経験の点では大人と子どもは同じではありませんが、人間としては大人と子どもは対等なのであると感じられれば、子どもを叱ることもほめることもできなくなります。それでは、具体的にどう接し、どんなふうに声をかければいいか考えてみましょう。
 ロリン・マゼールという指揮者が、11歳の時に、トスカニーニに代わってNBC交響楽団の指揮をしたことがありました。彼は既に8歳の時に指揮者としてデビューしていましたが、楽員たちはまったくの子どもが指揮台に立ったことに憤慨し、あからさまに不快感や敵意を表しました。わざと音を外すということもしました。ところが彼はスコア(総譜)を完璧に記憶していましたから、ミスを指摘することができました。やがて、リハーサルが進むにつれ、彼はベテランの演奏家たちとの関係を築き上げ、演奏家たちは敬意を持つに至ったという話が伝えられています。
 子どもが生まれたその日から大人と同じだけ大きければと思うことがあります。子どもは私たちが思っている以上に豊かな才能を持っていますが、マゼールに初めて接した演奏家たちがそうであったように、その力を見極めることができず、見た目で、自分よりも劣った存在だと判断してしまうことがあります。
 そのように見ないで、子どもは大人と対等であると考えて、尊敬の念をもって接すれば、親子関係はずいぶんと違ったものになります。二つの提案をします。一つは、子どもの人格を傷つけるような言葉をいわないということです。例をあげるまでもないでしょう。これくらい大丈夫と思っても、子どもがどう受け止めるかはわかりません。ひどいいい方をしながら、一方で、前回提案したように「ありがとう」と子どもにいってみても、ほこりを舞上げながら空気清浄機を回すようなものです。このようなことをいわないだけで子どもは元気になります。
 次に言葉遣いについてですが、丁寧に話すことをお勧めします。このことは必ずしも子どもに敬語を使うということを意味しませんが、何かを子どもに頼む時にはせめて命令しないで、お願いしましょう。そのためには、「~しなさい」と命令するのではなく、疑問文か、仮定文を使って、「~してくれませんか?」とか「~してくれるとうれしい」といってみましょう。多くの場合、子どもは、その方がはるかに気持ちよくお願いを聞いてくれるでしょう。
 もっとも、そのお願いの内容が、子どもの課題であれば、賢明な子どもであればそのいい方がおかしいことをすぐに理解し、反発するはずです。ここで子どもの課題というのは、結末が最終的に子どもに降りかかるか、あるいは、そのことの最終的な責任を子どもが引き受けなければならないようなことです。例えば、勉強は子どもの課題です。勉強はこのような意味で子どもの課題なのに「勉強してくれませんか?」とか「勉強してくれたらうれしいのだけど」などといえば、たちまちお母(父)さんのために勉強しているのではないという答えが返ってくるでしょう。
 こうして、子どもから学ぶことがあるものだ、と親が思えるようになった時、親子関係は前とは違ったものになっています。
(『ぷろぽ』2008年10月号)

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コメント

最近、子どもの話す言葉から自分の口癖に気がつきました。子どもに「~って言っているでしょ!」と言われると、ちょっとムッとしてしまいます。そういう言葉を自分も子どもに言っているんだなと反省しました。次はこう言ってみようと考えておかないと同じ言葉を使ってしまいます。

投稿: そらまめ | 2008年10月 9日 (木) 22時12分

そらまめさん
 子どもが保育園に通っていた時、子どもがあまり適切とはいえない言葉使いをした時に、こんないい方をしたかどうか振り返りました。大抵モデルがあります。自分の言葉を意識的に選ぶのはなかなか大変ですが、是非、意識して使われますように。

投稿: 岸見一郎 | 2008年10月 9日 (木) 22時20分

>>これくらい大丈夫と思っても、子どもがどう受け止めるかはわかりません。

うちの息子たちは私に言われたことが嫌だと、何らかの形でそれを示してくれるので、撤回したりあやまったり言い訳したり説明したりできるのですが、それでも思いもよらないことをしばらくしてあの時こういったから・・・と言い出したりするので、やっぱり言葉には慎重にならないといけないのだなあ・・・とこの頃改めて思います。

投稿: mari | 2008年10月10日 (金) 20時24分

mariさん
 そんなふうに意思表示してもらえると助かりますね。いい訳をやめましょうといってみたくなりますが、いつもよく考えて発言したいといつも思っています。それでも失敗することはよくあります。

投稿: 岸見一郎 | 2008年10月10日 (金) 21時06分

 「言い訳」と「説明」(それなりの意図があってそれが思うようにいかなかったなど)の線引きが難しいところだな、と思います。見苦しい言い訳はもちろんやめておこうと思いますが、誤解されていそうだったら、そうじゃなくて・・・こうだったんだけど・・・と説明したくなります。そんなとき子供はどう思っているのか今度そういう場面があったらきいてみることにします。

>>それでも失敗することはよくあります。

先生にも「よく」あるのですね。まさか~!と思わずつぶやきましたが、ほっとしました。笑。

投稿: mari | 2008年10月11日 (土) 14時09分

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