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2008年10月22日 (水)

片隅の暮らし

『鶴見和子を語る―長女の社会学』(鶴見俊輔、金子兜太、佐佐木幸綱 黒田杏子編、藤原書店)

 「鶴見和子を語る」と題する鶴見俊輔、金子兜太、佐佐木幸綱、司会:黒田杏子による座談会がこの本の中心を成す。八十八歳で亡くなった社会学者鶴見和子の生涯、学問についてとりわけ弟にあたる鶴見俊輔から語られる話はどれも興味深く、教わることが多い。
 鶴見俊輔(以下、二人を区別するために名前だけを表記する)は姉、和子の人生を二つに分ける。和子は七十七歳の時、脳出血で倒れたが、その後の人生には「脱帽」だという(それまでの人生には感心しない、とも)。それまでの和子の学問は「だれが一番なのかという考えから出発する」ものだった。そこで今一番優れているとされる論文から切り貼りされ、それが学風になっていた。「それが倒れてから、その学風を使うことができなくなった。自分自身の力で考えるしかなくなった」(p.56)。「社会の片隅にいる自分個人のその実感」(ibid.)が問題になる。俊輔はしかしそれまでの学問を否定したわけではなく、それまでの全仕事を晩年発表した時、どの巻にもあとがきを自分で入れ、そこに自分が入って、今の実感からものをいうことで、「一つ一つのだるまに目を入れるように、別のものになった」(p.57)といっている。
 僕にはここでいわれる病後「片隅の暮らし」がすべての基準になった「価値の転換」ということの意味がよくわかるように思った。片隅の人生こそが、「実人生」(p.63)。最後の十年は一番病から自由になった、と俊輔は評価するのである。
 晩年、和子は再び短歌を詠む。この本には多くの歌がおさめてあって、病者としての自分を「てれずに」詠うどの歌も何度も読まないわけにいかなかった。
 もとより比ぶべくもないが、僕は社会の片隅にいるところまでは同じだが、自分自身の力で考え切れているだろうか、とあらためて思った。和子は痛み止めの薬を飲むのを控え、痛みを恵みといいつつ、痛みを忘れるために、最晩年、「ゆうゆうの里」の一室で著作集を完成させた。その生きるエネルギーに僕も「脱帽」。

関連ファイル:回生

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読書」カテゴリの記事

コメント

「自分自身の力で考え切れているだろうか」という言葉を考えてしまいました。私は、自分の本当の考えや気持ちをわかっていないような気がします。人に会ったり、本を読んだりして何かを探している状態です。「鶴見和子を語る」を読んでみたいです。

投稿: そらまめ | 2008年10月22日 (水) 23時03分

そらまめさん
 鶴見さんの生涯を違うふうに見れば、77歳までは(勝手に)自分(だけ)で考えてはいけないということかもしれません。独創などというのは30年早いといわれそうです。自分で考えたり、自分の知るということは至難の業ですね。

投稿: 岸見一郎 | 2008年10月22日 (水) 23時27分

「先のことも見据え、かつ、今ここに集中するという二重の生き方」(『アドラーに学ぶ』より)を思い出しました。77歳は先のことなので、やはり今は等身大で探ってみます。

投稿: そらまめ | 2008年10月22日 (水) 23時46分

 その「先」がくるかどうかはわからないという問題は確かにあります。かといって、あせっても得るものはありません。

投稿: 岸見一郎 | 2008年10月22日 (水) 23時49分

「あせらない」というのは、「今」に目を向ける(「今」を大切に生きる)ということでしょうか?寝ても覚めても考えていましたcoldsweats01

投稿: そらまめ | 2008年10月23日 (木) 06時31分

 そういう意味です。焦ることが意味をなさなくなるような生き方をしてみたいのです。それは日常的な時間とはまったく違う時間の中に生きることでもあります。最近は、次のようなことを考えています。お読みになっているかと思いますが。
http://kishimi.cocolog-nifty.com/blog/2008/10/post-c1f0.html

投稿: 岸見一郎 | 2008年10月23日 (木) 07時33分

「今」の私と私のまわりにいる人を大切にしよう、その連続が毎日なんだと思いました。「また今度」という言葉が嫌いな娘の気持ちに少し近づいたような気がします。

投稿: そらまめ | 2008年10月24日 (金) 17時50分

 振り返れば遠くまできたものだというのが人生でしょうが、今から先のことはまったくわからないですね。「また」があることを願いたいですが。

投稿: 岸見一郎 | 2008年10月24日 (金) 18時20分

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