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2008年10月31日 (金)

生きぬきたくても

meditative darter ...

 忙しくしていて写真を撮りにも行けてない。昨日の夜、初めて部屋の中にいるのに寒いと感じた。この写真は20日に撮ったが、写真仲間はもう蜻蛉を見かけなくなったという。この日、夏の間蓮が咲いていた池に行くと、たくさんの蜻蛉が蓮の葉や茎に止まってじっとしていた。

 「リハビリをめぐって」の中で診療報酬制度が改定され、リハビリ医療が発症から180日に制限された、社会学者の鶴見和子のことを引いて書いたが、昨夜、鶴見の『遺言 斃れてのち元まる』(藤原書店)を読んだ。この本についてはまた別に書いてみたいと思っているが、その中の「老人リハビリテーションの意味」を読み、胸が痛んだことを書いておきたい。
 鶴見は、1995年に脳出血で倒れ左半身麻痺になった。その後、十年以上、リハビリを続けてきたが、それまで月に二回受けてきたリハビリをまず一回に制限され、その後は打ち切り(自主リハビリテーション)になると宣言された。80歳以上で、大腿骨骨折の手術をした老人は、リハビリテーションをしても回復の見込みはないから、無駄というのが理由である。このエッセイには書かれた日付が記してある。月一回のリハビリテーションが終わるのが2006年6月1日だったが、5月31日に背中に痛みを覚え、起き上がれなくなった。背骨の圧迫骨折だった。
 リハビリテーションによって機能が全面的に回復することは困難である。しかし、リハビリテーションを続けることで現在残っている機能は維持できるが、維持しなければ機能は低下し、やがて寝たきりになる。老人が寝たきりになれば政府が捻出する介護費用は、リハビリテーションを減らして倹約した金額よりもかさむことになる。費用を捻出するつもりが、逆になる。鶴見はいう。
 「戦争が起これば、老人は邪魔者である。だからこれは、費用を倹約することが目的ではなく、老人は早く死ね、というのが主目標なのではないだろうか。老人を寝たきりにして、死期を早めようというのだ。したがってこの大きな目標に向かっては、この政策は合理的だといえる」(p.170)
 老いも若きも天寿をまっとうできる社会が平和な社会である。だから生き抜くことが平和につながる。
 「この老人医療改訂は、老人に対する死刑宣告のようなものだと私は考えている」(p.171)
 このエッセイには書かれた日が記されている。2006年6月15日。6月5日に先に紹介した次の歌を詠んでいる。
 政人(まつりごとびと)いざ事問わん老人(おいびと)われ生きぬく道のありやなしやと
 エッセイを書いた2日後、6月17日に発病。7月31日に亡くなっている。この間のことは内山章子による「姉・鶴見和子の病床日誌」に詳しい(『遺言』所収)。鶴見との往復書簡集の共著(多田富雄、鶴見和子『邂逅』藤原書店)がある多田富雄は「直接の原因は癌であっても、リハビリ制限が死を早めたことは間違いない」といっている。同感である。

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コメント

 姥捨て山という悲しい言葉を思い出しました。

投稿: フィン・カ・ビヒア | 2008年10月31日 (金) 19時07分

 鶴見さんはご自分のことを歌の中で「山姥」と呼んでいます。

投稿: 岸見一郎 | 2008年10月31日 (金) 19時21分

始めまして
トンボ、素晴らしくよく撮れていますね。
彩りがとっても素敵に訴えかけられます。
眼頭がクルクル今にも動きそう、目覚めた。
文章読まなくて失礼します。
あまりにもトンボがリアルで感動しました。

投稿: マドラ- | 2008年11月 5日 (水) 19時53分

 マドラーさん、ありがとうございます。
 もう今は花が咲いていない蓮の葉を背景に逆光で撮りました。

投稿: 岸見一郎 | 2008年11月 5日 (水) 19時55分

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