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2008年10月27日 (月)

上から目線

I can feel a change is coming ...

 前の写真の4分後。
 水曜日は講義なのでいつも月曜日からノートを準備し始める。その前からも話すことは断片的に用意しているのだが。今回の仕事は6月に講師依頼があって即答したのだが、ちょっとしたことで人生は大きく変わる。
 特定健康診査(いわゆるメタボ検診)を10月末までに受けることになっていてまだ行けてなかったが、市役所の担当の課に電話してみた。心筋梗塞のことを話し検診の必要がないことを伝えた。定期的に診察を受けているからである。送られてきたパンフレットには受けないと保険料の引き上げに繋がるというようにとれる文面があったが、受診しないからといって個人的にペナルティが課せられるわけではないことを確認した。もちろん、これは僕のケースのことなので、この検診によって心筋梗塞などのリスクが防げることができるのならばそれは望ましい。今となっては病気前になぜ手を打てなかったのかと思うが、所属する組織がなかったので健康診断を受けなかったのがいけなかった。入院の数日前に受診した内科では異常を訴えたが、心筋梗塞の可能性などまったく指摘されなかったのだが。
 大阪府の橋下知事は「口でいって聞かないと手を出さないとしようがない」というが、いい方に問題があるか(橋下氏のような、若い人がいう「上から目線」での話し方や感情的な話し方など)、あるいは、かつ、口でいっても親のいうことを聞けない関係があるので、この上、手を出すとそのことがどんな結果をもたらすかということをこの人はご存じないのだろう。叱ることは即効性があると見る人もあるだろうが、そのことに伴ういわば副作用があまりに大きい。アドラーが1930年代にいったことが、いまだに新しく聞こえるのは残念なことだ。

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コメント

はじめまして。今年の3月頃からアドラー心理学に出会い、今学びの途中の者です。岸見先生のブログを見つけてから、ちょくちょく拝見させていただいております。先生のお写真といい語られることばといい、どこかせつなく、引き込まれてしまいます。
橋下知事のこのところの報道には、私自身聞いていて悲しくなる言動がおおく、この方の究極目標は何なのだろう?などと余計なことを勘ぐってしまいます。
アドラーは人間の究極目標は善だといいます。
そのことに橋下知事もきづいたなら、けして上から目線で物をいうことはなくなるのだろうに、と・・・・
話の展開がどこにいっても、勝ち負けになってしまうのは、元弁護士という職業柄しかたないのでしょうか?

投稿: みやび | 2008年10月27日 (月) 22時56分

みやびさん
 コメントありがとうございます。
 私もわからない、でも一緒に考えていこうというのならいいのですが、絶対変えない、と始めからいわれたら話になりません。教育の問題は今に始まったことではなく、いつの時代も問題になってきました。学力ももちろん大切なことですが、議論の仕方を学ぶのも大切なことだと考えています。
 親子関係でも他のどんな関係でも、負けてもいいではありませんか、とよく話します。

投稿: 岸見一郎 | 2008年10月27日 (月) 23時11分

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