« 新しい時間 | トップページ | 主張したい »

2008年10月17日 (金)

πάντα ῥεῖ

πάντα ῥεῖ ...

 今日は病院へ。採血をし、心電図をとる。定期的に見てもらうことはありがたい。今よりよくなることはないのかもしれないが、今のいい状態のことをよく覚えておいて異変にいち早く気づきたい。前は自分の身体に鈍感だった。あるいは、あえて身体の変化に目をつぶろうとしていたともいえる。
 写真のタイトルは万物は流転するというヘラクレイトスの言葉。どんなにしても同じ写真は撮れない。たとえ同じ花を撮るにしても。光が違うことが一番大きいと思うが、それ以外にも風、気温、空気など様々な要因が写真をその時々違ったものにする。そして、何より違うのはこの私だ…そんなことをFlickrの方には書いた。何事も同じままであり続けない。

|

« 新しい時間 | トップページ | 主張したい »

Flickr」カテゴリの記事

日記」カテゴリの記事

コメント

このコスモスの色もとてもきれいですが、右下のつぼみが輝いているのが踊っているダンサーみたいで気に入ってみています。

 私はどうも人が変わるというと、アメリカ人がインド人に・・・というくらいの大きな変化をイメージしてしまうのですが、もっともっと細かく観察すれば自分も人もみんな全く同じってことはないのでしょうね。少なくとも一日たてば、一日年を重ねているわけですし。

普段光はいっぱいあるから気づかないのですが、写真を撮ろうとしていると、今、日が当たっていた所が次の瞬間にはもう当たってなかったりして驚くことがよくあります。

投稿: mari | 2008年10月17日 (金) 23時46分

 逆光の中撮りました。気がついてもらえて嬉しいです。

投稿: 岸見一郎 | 2008年10月18日 (土) 00時04分

> 何事も同じままであり続けない。
あらゆる現象は、一瞬一瞬生滅変化し続ける。つまり「諸行無常」ですね。
お釈迦様の説かれる「諸行無常」とヘラクレイトスの「万物流転」は、似て非なるものだという議論を昔読んだ気がします。
どう違うのかは忘れてしまいましたが・・。

投稿: ひで | 2008年10月18日 (土) 12時28分

ひでさん
 ヘラクレイトスの思想を理解するのは断片しか残っていないこともあって、なかなか難しいです。万物が流転するというのは一つのロゴス(理論)であるという点、どこまでも哲学であるところが釈迦の考えとは違うのだろう、と考えています。

投稿: 岸見一郎 | 2008年10月18日 (土) 18時08分

 お釈迦様の教えは宗教であり信仰であるから、理論的でも哲学的でもないということでしょうか?

投稿: ひで | 2008年10月18日 (土) 18時31分

 いえ、そういう意味で書いたのではありませんが言葉が足らなかったようです。釈尊の考えはギリシアでいう哲学という言葉が適用されるにふさわしいと考えていますし、僕はヘラクレイトスやプラトンの哲学に仏教の教えをいつも見てきました。

投稿: 岸見一郎 | 2008年10月18日 (土) 18時52分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« 新しい時間 | トップページ | 主張したい »