« これも縁 | トップページ | 習い事 »

2008年10月12日 (日)

断想2

 夢の中で、藤澤先生と長く話す。今度、駅から前の家を結ぶ新しい道を先生が歩く。歩道ではなく、車道なので、そこは…といおうとしたが、先生が微笑むのを見て、そうだ、たしかに真ん中を堂々と歩いてはいけない理由はないのだ、と思う。

 プラトンは『パイドン』に次のように書いている。
 「すべての戦争は財貨の獲得のために起こる」(66d)。
 後は大義名分である。

 森有正の言葉を思い出した。
 「灰色の陰鬱な日々に耐えることが出来なくてはならない。というのは、価値ある事が発酵し、結晶するのは、こういう単調な時間を忍耐強く辛抱することを通してなのだから」(1967年3月28日、『砂漠に向かって』全集2,p.317)
 よい作品が書けるのは、熱情や霊感によるのではない、と森は注意する。今が「灰色の陰鬱な日々」だとは思わないが。

 リルケが手紙の中でこんなことをいっている。今は春の嵐の中にあっても必ず夏はくる。
 「しかし、夏はかならずきます。あたかも目の前には永遠があるかの如く、静かにゆったり構えている忍耐強い人のところには」

 森有正が次のようにいう時、このリルケの言葉を念頭においているのかもしれない。
 「…しかしあわててはいけない。リールケの言ったように先に無限の時間があると考えて、落ち着いていなければいけない。それだけがよい質の仕事を生み出すからである」(『森有正全集』十三巻『日記』、p.31)。
 リルケの手紙の中の言葉は、芸術作品は無理にせかしたりしたらだめで、成熟するまで抱懐して生み出すことがすべてだといっている個所にある。

|

« これも縁 | トップページ | 習い事 »

エッセイ」カテゴリの記事

コメント

 夢のなかでさえも、普段の日常と変わりなく社会のルールから外れないような模範的な意見を言っている自分にがっかりします。目覚めた後に、『はぁ・・夢の中までもお利口さんぶっている・・・』と。
 せめて、夢の中くらい思いっきり、羽目を外した自分になってみたいと思いるのですが。

投稿: フィン・カ・ビヒア | 2008年10月12日 (日) 11時57分

 そういう夢は目が覚めてから疲れるかもしれませんね。一般的にいうと、夢の中の方がはめをはずしやすいですし、そうすることで現実のリハーサルをするわけです。

投稿: 岸見一郎 | 2008年10月12日 (日) 15時34分

 夢の中でも正しい自分でいようと努めているようです。本当にがっかりします。
 
 せっかく亡き父が家に来てくれたのに、その父に向って「(この世の戻ってきてしまったら)みんな(あの世のなかま)が心配するから、早く戻った方がいいよ」と正論(?)をかざしている夢を毎日のように見ます。
 そんな自分にぐったりして目が覚めます。せめて夢の中なのだから(夢だと分かりながら見ていることがほとんどです)、「もう、戻らないで。ここにずっといて。もし、(あの世から)迎えに来たら、隠れたらいいよ」と言えばいいのに。

 

投稿: フィン・カ・ビヒア | 2008年10月12日 (日) 16時18分

 もっと正直に、素直になられたら、と思います。

投稿: 岸見一郎 | 2008年10月12日 (日) 17時36分

 目覚めているときにですか?
 夢を見ているときにですか?

 眠りにつく前には、
 『今日こそは、お父さんにずっとここに居て、って言おう』
 と決心しているのです。

投稿: フィン・カ・ビヒア | 2008年10月12日 (日) 20時44分

 両方です。

投稿: 岸見一郎 | 2008年10月12日 (日) 21時01分

 どのようにしたら正直に、そして素直になれるのでしょうか?

投稿: フィン・カ・ビヒア | 2008年10月12日 (日) 22時16分

『忍耐』という言葉と『我慢する』ということは同じなのかな?でも、違うような気もするな?と思っています。
岸見さんは、どのように考えていますか?教えてください。

投稿: そらまめ | 2008年10月12日 (日) 22時26分

フィン・カ・ビヒアさん
 必要なのは勇気。人、世間からどう思われるか、気にかけるのを止める。これが出発点ではないでしょうか。

投稿: 岸見一郎 | 2008年10月13日 (月) 01時04分

そらまめさん
 言葉の使い方は人によって違うものですから、一般的な話ではありませんが、僕の語感では、我慢するというのは、今、何か自分がしなければならないこととは違う別なことを断念することであるのに対して、忍耐というのは、さしあたって何か他にしたいことがなくても、一つのことに集中し続ける状態のことと考えています。忍耐ではこの意味を適切に表現できないようにも思うのですが。

投稿: 岸見一郎 | 2008年10月13日 (月) 01時17分

ありがとうございます。「忍耐」と「我慢」は違うと感じてきました。忍耐強い人とは、どんな状況でも自分の夢や目標に向かっている人なのかなと思いました。

投稿: そらまめ | 2008年10月13日 (月) 17時09分

 そらまめさん
 「どんな状況でも自分の夢や目標に向かっている人」といわれることよくわかります。忍耐は苦痛ではありません。楽であるわけではないですが。

投稿: 岸見一郎 | 2008年10月13日 (月) 17時21分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« これも縁 | トップページ | 習い事 »