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2008年10月 9日 (木)

living earnestly ...

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 ほんの少しの間写真を撮れなかったのに長い時間が経った気がする。シジミチョウがどれだけ小さいかこの写真ならわかるだろうか。蝶たちのこの姿は印象的で、一生懸命生きているように見え、何度もカメラを向けてきた。そう見えるのは投影しているだけなのだろうが。

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コメント

 この蝶はとても小さいですね。とんでいるときはグレイ一色で飛行が不安定に見えて危なそうに見えますが、こうやって止まっている所を写真で見ると頼もしく見えます。
私もよくこのごろ蝶を見かけますが、たいてい自由そうでいいな~と(私の思うように止まってくれないからですが^^;)思います。たいていの他の昆虫や鳥をみると「がんばっているな~」とおもうことが多いのですが、蝶には違った印象があります。それぞれ人によって感想が違うのも面白いですね。

投稿: mari | 2008年10月 9日 (木) 15時13分

 蝶は(子どもも、他人も)私の期待を満たすために生きているわけではありませんから、こうやって会えただけでもありがたいといつも思います。

投稿: 岸見一郎 | 2008年10月 9日 (木) 18時50分

人は私の期待を満たすために生きているわけでない、ということ、私が先生のご本を初めて読んだとき一番印象に残っているところでした。すっかり降り出しに戻っているようです。これもたくさんある私のわかるようなわからないような、の一つです。この逆の私は他人の期待を満たすために生きているわけではない、も同じくですが。期待を満たすためでなければ、何のために生きているんだろ?と思いますけれど、でも、かといって言うこと聞かないのですけれどね~。すみません~支離滅裂になりました。あきらめずにいつかは、わかった!といえるときまで学ばせていただきます。

投稿: | 2008年10月 9日 (木) 20時33分

たびたびすみません!先のコメントに名前を書くのを忘れてました。

投稿: mari | 2008年10月 9日 (木) 20時36分

 他の人の期待を満たせたらいいな、とは思いますが、それは常に可能ではありませんし、それを目的に生きれば、期待を満たせない時の落胆は大きいでしょうね。基本的には自分でできることは可能な限り人に援助を求めない、でも援助を頼まれたら可能な限り引き受けようと思っているのですが。
 そんなむずかしい話ではないのですが、わかりたくないと思ってられるのではないでしょうか。いわば天動説を誤りだったと認めるようなものですから。
(名前をお書きになって、右側の「この情報を登録する」にチェックをいれておかれたら次回以降も名前は自動的に入力されます)

投稿: 岸見一郎 | 2008年10月 9日 (木) 20時41分

 シジミチョウって、本当にシジミ貝と同じ模様なのですね。いつも、慌てて飛んでいるようでじっくりと模様を見たのは初めてです。花に止まっていても気配に気づかれ飛んでいってしまいます。
 岸見さんの蝶シリーズの写真は、どれもこれも接写しておられるので『撮れた!』という喜びまで写り込んでいるように感じます。

投稿: フィン・カ・ビヒア | 2008年10月 9日 (木) 20時53分

フィン・カ・ビヒアさん
 蝶たちは敏感ですからね。ゆっくり動かないと。影にも気をつけます。
 たしかに撮れた! という喜びをいつも感じます。

投稿: 岸見一郎 | 2008年10月 9日 (木) 22時08分

そんな便利な機能があったのですね^^;ありがとうございます。

わかりたくない、きっとそうなのでしょうね。わかったら困るに違いない、と思っているのかもしれません。何事も決心から!でしょうけれど。

投稿: mari | 2008年10月 9日 (木) 22時55分

mariさん
 同じ失敗をしない工夫をするのがいいでしょうね。このコメント欄は多くの人が読んでいて、他の人も書き込む場所だということを忘れ、私信だと思わなければ、名前を書かないということはあまりないと思うのですが。ともあれ便利な機能が先に紹介した機能がありますのでお使いください。
 私はあなたの期待を満たします。だからあなたも期待を満たしてください、とは残念ながらいえないのです。いいたい気持ちはよくわかるのですが。

投稿: 岸見一郎 | 2008年10月 9日 (木) 23時13分

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