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2008年9月 1日 (月)

子どもを勇気づける

承前
 ある母親は私の話を聞いて、勉強は基本的に子どもの課題であり、子どもが自分で解決しなければならないということを学びました。その日学校から帰ってきた娘の顔を見て気がつきました。そうだ、私はこの子に勉強の話しかしてこなかった、と。
 子どもにすれば、口を開けば勉強のことしかいわない親はうるさい存在でしかありません。子どもはたとえ必要があってもそのような親に援助を求めてようとしないでしょう。そこで今回は勉強のことだけではなく、生活全般で子どもとの関係をよくするためにどうすればいいか考えてみましょう。
 まず、叱ることは百害あって一利なしです。子どもは自分がしている行動が親に叱られるものであることはわかっています。その上で、そのような行動をあえてするのですから、それに対して親が叱れば叱られることで注目を得られることを学びます。
 子どもたちの一番基本的な欲求は家庭や学校に居場所があると感じられることです。しかしどうしていいかわからない子どもは多くいます。他のことでは親の注目を得られないのでせめて叱られようと思っている子どを親が叱ればいよいよ親を困らせることになります。たとえ積極的な行動に出なくてもただ勉強しないという子どももいます。そのことで親が困ったり心配するのを知っているからです。
 子どもにとって勉強や受験はおそらく避けることができない人生の課題であるということができます。まず、子どもに自分が能力があると思えるような援助をしなければなりません。他のことには自信はないが勉強だけでは自信があるということはないでしょう。勉強するということは、人生の中で子どもがこれから直面する課題の中ではそんなに大きなものではありません。人生の課題から逃げないで勇敢に立ち向かえる自信を持った子どもになってほしいですし、そのような子どもであれば勉強にしっかり取り組むことができる、と私は考えています。
 もう一つは他の人は私の仲間である、と思えるように援助することです。たしかに入学試験は競争です。しかしだからといってわれわれの人生全般が競争であるわけではありません。まわりの人はわれわれを隙あらば陥れようとする敵ではなくて、必要があれば自分を援助する用意がある仲間である、と思ってほしいのです。そして受けるだけではなく、自分もまた他の人を援助したいと思えるような子どもになってほしいのです。勉強はできても自分のことしか考えられない子どもでは困るでしょう?
 以上のことを達成するために子どもの貢献に注目することです。そしてこの貢献は実際の子どもの行ないだけではなく、ただ生きていることをも含んでいます。具体的には「ありがとう」「たすかった」という声をかけてみてほしいのです。そのようにいわれることで子どもは自分の価値を認め、貢献の喜びを知るようになります。
 皆が無事に生きていられることだけでありがたいことなのです。それなのに目先のことにとらわれて成績のことなので一喜一憂してしまいます。そんな親の気持ちを私はよくわかりますが、過剰な期待で子どもの勇気をくじくことなく、子どもが自分の課題を取り組むのを傍で見守りましょう。でも実はこの見守ることが親にとっては一番難しいことですね。
(『ぷろぽ』2006年12月号)

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