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2008年9月 3日 (水)

リハビリをめぐって

 『鶴見和子病床日誌』という本のことが朝日新聞の夕刊(2008年7月25日)に紹介してあった。著者は妹の内山章子さん。
 「人は必ず死ぬ。逃げることはできない。ならば受け止めよう―それが姉の思想だった」
 弟の鶴見俊輔との会話が記されている。
 「『死ぬっておもしろいねえ。こんなの初めて』と姉がいい、兄は『そう、人生とは驚くべきものだ』ですって。2人で大笑いしてるの」
 ここだけを読めば、死を達観した人脳梗塞でリハビリ中の多田富雄氏が、鶴見氏の死について次のようなことを書いてられたことを思い合わせると、痛ましい思いがする。
 診療報酬制度が改定され、リハビリ医療が発症から180日に制限された。鶴見氏は、脳出血で左半身麻痺になり、十年以上、リハビリを続けてきたが、それまで月に二回受けてきたリハビリをまず一回に制限され、その後は打ち切りになると宣言された。間もなく、ベッドから起き上がれなくなり、前からあった大腸癌が悪化し、亡くなられたというのである。「直接の原因は癌であっても、リハビリ制限が死を早めたことは間違いない」と多田氏は、鶴見氏の短歌と発言を引いている。
 政人(まつりびと)いざ事問わん老人(おいびと)われ 生きぬく道のありやなしやと
「これは費用を倹約することが目的ではなくて、老人は早く死ね、というのが主目標なのではないだろうか。(中略)この老人医療改訂は、老人に対する死刑宣告のようなものだと私は考えている」
 10月からの生命倫理の講義に備えて勉強していると、医療資源という言葉をたびたび目にする。必要な人すべてに必要な治療をすることができないとすれば、誰を優先するかを考えなければならないという。
 リハビリという言葉は、母が脳梗塞で入院して初めて聞いたかもしれない。後に僕が心筋梗塞で入院した時、心臓リハビリという言葉があることを知った。絶対安静の状態から少しずつ身体を動かし、歩けるようになると、ある日は廊下を50メートル、次の日は100メートルというふうに徐々に距離を伸ばしていくわけである。心筋の一部が壊死しているので、自分の判断で長く歩いたりしてはいけない。脳梗塞のリハビリとはまた違うともいえるが、リハビリの効果がないと判断されたら打ち切られるということがどういうことかは、この時の経験で想像がつく。
 6月にメタボ検診の通知がきた。まだ行っていない。同封されていたパンフレットに次のように書いてあった。
「特定検診・特定保健指導Q&A」
Q 私は腹囲が100cmほどで、「メタボ」ですが、保健指導を受けることができますか?
A 特定保健指導は、腹囲・肥満度のほかに、血液検査を加味して対象者を選びます。
 しかし、特定保健指導を実施するには多額の費用がかかるため、医療保険者の判断で優先順位をもうけてよいとされています。よりリスクが高い人や、指導の効果が出やすい人など一定の基準を設けて、優先すべき人に特定保健指導の利用券をお送りします。
(引用終わり)
 ここにもはっきりと「優先順位」という言葉が使われている。よりリスクが高い人には指導するが、「指導効果が出やすい人」でなければ、保健指導をしないという意味ではないか。インターネットを調べていたら、医師や保健師、管理栄養士などから食事や運動など生活習慣の改善を促す指導が行われ、5年後に成果を判定し結果がなければ、財政的なペナルティ(罰金)を医療保険者に課すということが書いてあった。その一方で、上述のリハビリはさっさと半年で打ち切られてしまう。
 殺伐とした世の中である。比喩ではなく。

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