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2008年9月25日 (木)

子育てに魔法はない

 ある日銀行に用事があって歩いていたら、ちょうど私の前を歩いていた年輩の女性の足取りが急に遅くなりました。私がその人を追い越しそうとしたら話しかけようとされるので、私はあわてて音楽の携帯プレーヤーのイヤホンを耳から外しました。
 「あのう、駅はどちらでしょうか」
 「この道をこのまままっすぐ歩いて行かれたいいですよ」
 駅の場所をたずねられたので、私はこんなふうに答えました。私は音楽の続きを聞き、先ほどと同じくその女性の後を歩いていました。ほんの数十秒歩いたところで、またもやその人の歩く速度が落ちました。本当にこの道でいいのだろうか、と迷っているように見えました。今度は残念ながらずねられる前に銀行に着いてしまったので、私はその後どうなった確かめることはできませんでした。駅までの道をたずねられた時何分くらい歩けばいいとか、やがて左手に駅が見えますよ、といえばよかったのかもしれません。「まっすぐ」といえば情報として十分だと思っていたのですが、そうではなかったようです。私はまっすぐ歩けばいいといわれたらそのとおり歩けばいいと思うのですが、すぐに結果が見えてこないと、たちまち不安になる人はあるようです。
 育児の本を読んでも、また育児の話を聞いても、たとえ書いてあるとおり、いわれたとおりしてみても最初からうまくいくことはありません。むしろ、目に見えて子どもの言動が変わっていくとすれば、私はそのような知識は危険ではないかと思うほどです。
 たしかに、育児にマニュアルのようなものがあって、そのとおりやってみればたちまち子どもが親の思うようになるというような魔法でもあれば育児はたやすいと思います。しかし子どもは一人ひとり違いますから、誰にも通用することがあるとは考えられません。育児に魔法はありません。
 しかしだからこそ子どもと関わるのは楽しいともいえるのではないでしょうか。子どもと関わるのが苦手だという人は、子どもの予想できない反応に対処することをむずかしいと感じるようです。そこで、子どもの言動に法則のようなものを見出すことができたら対処も容易になると考えるのは自然なことです。
 しかし、子どもは自分で自分の行動を選ぶことができますから、大人の意表をついたことをしてもおかしくはありません。だから、育児が困難である考える人もあれば、他方、このような意外性にこそ子育て、教育の醍醐味があり楽しいと思える人もあるのです。
 おむつのコマーシャルで赤ちゃんのおしっこの代わりに青い水を使ってどんなふうに吸収させるかを見せるものがあります。このコマーシャルを見た育児を始めたばかりの若い人が、自分の子どものおしっこが青くはないのを見て、この子は病気ではないだろうか、と思ったという話を聞いたことがあります。
 この話を聞いた人はそんなことを思う人がいることに驚くか、そもそもこの話が本当とは思わないかもしれません。しかし、ここまではいかなくとも、育児書を読み、そこに書いてあることが自分の子どもに当てはまらないことを知ると多少なりとも不安になることはあるでしょう。
 子どもの頃育児の本だったか心理学の本を読んだ時、そこに反抗期について書いてありました。私はたちまち不安になりました。反抗期がない子どもは問題だ、と書いてあったのですが、私は親に反抗した記憶がなかったからです。
 子どもは一人ひとり違います。それが子どもに個性があるということなのですから、子どもが「標準」でなくてはいいではありませんか。皆と違うこの子どもはおかしいのではないか、と不安になることの方が子どもへの対応を考えると問題になるかもしれません。子どもが他の子どもと違うのは個性があるということなのに、違いを標準ではないというふうに考えれば、親は子どもの差異を矯正するべきだと考えてしまい、そのことで、せっかくの子どもの成長の芽を摘んでしまうことになりかねません。
 とはいえ、子どもはまったく無原則に生きているわけではありません。たしかに親が子どもの行動についてわからないことはありますが、それは目のつけどころが違っていて、そのため理解できないのです。私が書くことはどこに目をつけるかということなのですが、そしてそれがわかれば、子どもはただただ親を困らせるために親からは問題行動をしているとしか見えなくても、わけがあって行動していることがわかるようになりますし、どうすればいいのかもわかります。
 そのために私はもっぱら私と子どもたちの間で起ったことを書きますが、いわば応用問題の答えを覚えこむように学ぶのではなく、つまりこういう時はこうするのだ、と機械的に覚えこもうとするのではなく、なぜここでこんなふうに対応したか、そのもとのところを理解してほしいのです。なぜなら私の子どもたちはあなたの子どもとは違うのですから。

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